2026年 7月 の投稿一覧

もうひとつの『源氏物語』(後半)

 

実は弟・源頼信の方が源氏の本流を築いた

                     【続きです】

そんな兄さん頼光の出世を複雑な思いで
見ていた人物がいます。それが頼光より
も20歳年下の腹違いの弟、頼信。頼信も
兄さん同様、摂関家に近ずいて、あわよ
くば出世、ともくろんだのですが、仕え
た主人が悪かった。仕えたのは道長の腹
違いの兄、道兼。関白になるにはなった
ものの、就任後、わずか10日ではやり病
で死去。

で、次に関白になった道長に仕えたので
すが、受領として当時、ろくでなしや野
蛮な連中がいると言われた関東の常陸国
(ひたちのくに)、上野国(こうのずけの
くに)に飛ばされたんです。まあ、今でい
う左遷です。

上野国・常陸国の受領に飛ばされた

でも頼信は兄とは違う道で源氏の本流へ
とのし上がって行くんですよ。例えば、
兄が東大で官僚なら、弟はスポーツで
プロ野球選手。
『今昔物語』にも書かれているんです
が、頼信が常陸国の受領だった頃、税を
納めようとしない地方豪族がいて、名前
は『平忠常』。もともと受領って、悪徳受
領って言葉があるほど、当時ひどいこと
する受領がたくさんいて、税を納めない
のは税の取り立て側に問題があって、腹
がたっていたのかもしれませんけどね。
で、まあ、頼信はその『平忠常』を大軍
勢でやっつけたワケですよ。

平忠常の乱

なんやかんやあって、頼信が60歳頃、ま
た『平忠常』が反乱を起こして、頼信さ
ん、またやっつけた。
で、そのとき忠常には二人の息子達がい
て、息子達は父が死んでも降伏しようと
はしなかったんです。
都ではその処分が問題となって、公卿の
中には討伐を求める者もいましたが、頼
信が息子達の命だけは助けてやってくれ
ないか、と嘆願したので、二人の息子達
の命は、とりあえず助かったんですよ。

時は過ぎて、源頼信から6代後、
『源頼朝』の時代。頼朝は平氏打倒の兵
を挙げますが、敗れて房総半島に渡って
いました。その時、頼朝のもとに馳せ参
じたのが房総の有力武士『千葉常たか』
と『上総広常』。この二人、実は頼信が昔
命を助けた平忠常の息子の子孫だった。

確か、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』
では千葉常たかを岡本信人さんが、上総
広常を佐藤浩市さんが演じていたような
気がします。
頼信から受けた恩を忠常の子孫が頼朝に
返したのだ。

この源頼光(らいこう)・源頼信の話が、
もうひとつの『源氏物語』。

もうひとつの『源氏物語』(前半)

源頼光(兄)・源頼信(弟)の物語

平安時代に紫式部がつずった光源氏の
『源氏物語』ってのが有名なんですけど
、その同じ時代に、もうひとつの『源氏
物語』があるんですよ。こっちも藤原道
長の時代なんです。

時は平安、源頼光(らいこう・兄)、
源頼信(弟)という下級の軍事貴族の腹違
いの兄弟がいました。兄さんの方は鬼退
治・妖怪退治をしたらしいんです。
京の都を荒らす鬼・酒吞童子(しゅてん
どうし)が出ると言うんで、時の権力者・
藤原道長が源頼光に『鬼退治してこい!
』と命令し、鬼を退治した。そして冠位
を少しずつ上げていったんです。

頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、…)の鬼退治

歴史家に言わせると、実際、鬼退治した
って記述はまるでなくて、どうやら源頼
光って人、プレゼント大作戦、賄賂大作
戦で、冠位を上げていった人らしい。
今じゃ、なに?この人!ってことになり
ますが、どうやら平安時のそういうの
がフツーの昇進のやり方だったらしいん
です。

実は手柄じゃなくて、賄賂で冠位を上げた

で、馬30頭を贈ったという記述がありま
す。当時の馬1頭と言ったら、今でいう、
高級車1台分。

こうして摂関家に赴くことで兄の頼光は
備前,美濃、但馬(たじま)、伊予、摂津
など畿内・西国を中心に豊かな国の受領
(まあ、今でいう知事みたいなもの)を歴
任しました。いわばスーパーエリート。
東大にいって官僚になるようなもの。

頼光は伊予・備前・但馬・摂津・美濃の受領

この頼光さん、最後は内裏を警護する内
裏守護に任じられ、その子孫が代々、そ
の職を家業として受け継いでいったんで
す。これが兄さん源頼光の『源氏物語』。

      【続く】

⑦世界の戦略と日本に対する結論

 

    【続きです】

アメリカは、日本無しでは海軍を維持で
きません。中国は、日本に圧力をかけれ
ば、自国の産業が揺らぎます。ロシアは
、戦後の復興に日本が不可欠です。中東
は、石油後の未来を日本に託しています
。ヨーロッパは、日本のスピードについ
ていけません。成長途上国は、日本を手
本にしています。

アメリカは日本無しでは海軍を維持できません

成長途上国は日本を手本にしています。

ヨーロッパは日本のスピードについていけません。

中国は日本に圧力をかければ、自国の産業が揺らぎます。」

ロシアは戦後の復興に、日本が不可欠です。

中東は石油後の運命を日本に託しています。

日本はもはや選択肢ではありません。日
本はもはや排除することも圧力をかける
こともできない存在になりました。これ
が私の見つけた結論でした。
ホワイトハウスの国家安全保障会議でミ
ラー博士はこう発言しました。
「日本は国家秩序の前提条件です。」

「日本は国家秩序の前提条件です。」

議長は尋ねました。
「ミラー博士、ではワレワレにできるこ
とは何だ?」

「認めることです。日本はワレワレがコ
ントロールする対象ではなく、協力すべ
きパートナーなのだということを。」

「認めることです。」

会議室が静まり返りました。

「では日本がワレワレの側から離れたら
どうする?」

「日本が、我々の側から離れたらどうする?」

「そのようなことはないでしょう。日本
もワレワレを必要としていますから。し
かし、これからは日本も選択できるとい
うことを認めなければなりません。世界
は変わり、日本の位置付けも変わったの
だと。」

「そのようなことはないでしょう。日本も我々を必要としていますから。」

世界各国が日本に見せる態度がそれを証
明していました。最も恐ろしい国は、強
い国ではありません。方向を変えること
のできる国が本当に恐ろしいのです。今
や日本はそのような国になってしまいま
した。

世界は日本が好きだから引き留めている
わけではありません。手放すことができ
ないから引き留めているのです。

     おしまい

⑥東南アジアの戦略と日本・「日本は次の段階を知る、お手本の国だ!」

ミラー博士はベトナムのハノイに行き、ベトナム計画投資庁の局長に会った。

      【続きです】

ミラー博士はベトナムのハノイに行きま
した。そこでベトナム計画投資庁の局長
に会いました。そして「ベトナムの産業
化戦略」という本を読みました。そこに
でベンチマーク対象国」と書かれている
項目を見つけました。中国はそこから外
されていました。変わりに日本が第1位
に挙げられていたのです。「なぜ中国じ
ゃなくて日本なのか?」

ベンチマーク対象国として、中国は外されていて、代わりに日本が第1位に挙げられていました。

「中国は大き過ぎます。ワレワレがマネ
することができません。しかし日本は違
います。日本はワレワレと同じように小
さな国から始めました。中国は巨大市場
(国内)で成功しましたが、ベトナムには
そのような市場がありません。日本のよ
うに輸出で生き残る方法を学ばなければ
ならなかったのです。日本は製造・管理
・品質のすべてを教えてくれます。中国
はおカネだけを渡して終わりです。

日本は製造・管理・品質のすべてを教えてくれます。中国はおカネだけ渡して終わりです。

次にインドネシアのジャカルタに移動し
ました。そこでインドネシア産業省の次
官に会いました。彼も似たような話をし
ていました。ワレワレは日本の企業と合
弁工場を建設しています。日本はただ単
に工場を建てるだけではありません。ワ
レワレのエンジニアを教育し、品質管理
システムを構築してくれます。

インドネシア産業省のあるジャカルタに移動し、次官と話しをしました。日本はただ工場を建てるだけではありません。我々エンジニアを教育し、品質管理システムを構築してくれます。

私は尋ねました。「中国の企業はどうで
すか?」「中国は早く建てて去って行き
ます。問題が起きても責任を取りません
。しかし日本は違います。10年後に来て
も点検してくれます。日本は短期的な利
益だけでなく、長期的なパートナーシッ
プを選んでいました。

中国は早く建てて、去っていきます。問題が起きても責任を取りません。しかし日本は10年後に来て点検してくれます。日本は長期的なパートナーシップを選んでいました。

インドのニューデリーであった経済学者
も同じことを言っていました。「インド
は中国の投資を制限していますが、日本
の投資は歓迎しています。何故かって日
本は技術を本当に移転してくれるからで
す。中国は中国の人だけを連れて来て働
かせますが、日本はワレワレの人材を育
ててくれます。

インドのニューデリーで会った経済学者は、中国は投資を制限していますが、日本の投資は歓迎です。日本は我々の人材を育ててくれます。

ベトナム、インドネシア、インドすべて
の国々が日本をお手本にしていました。
なぜか?日本は実際にハシゴを登り切っ
た国だったからです。1962年の最貧国か
ら2020年代の先進国になった経験。そ
の過程を成長途上の国々は学びたかった
のです。さらに重要なのは、日本がその
経験を分かち合ってくれるということで
した。

ベトナム・インドネシア・インドすべての国々は日本をお手本にしていました。最貧国から先進国になった経験、その過程を成長途上の国々は学びたかった。

中国は成功しましたが、自らのやり方を
強制します。ヨーロッパには経験があり
ますが、それはもう昔の話です。日本は
最近まで成長し続け、そのノウハウをリ
アルタイムで伝授していました。日本は
その道の案内役を果たしていたのです。
成長国の共通の戦略は中国を避け、日本
に学ぶことでした。

日本は最近まで成長し続け、そのノウハウをリアルタイムで伝授していました。日本は成長の教科書です。

日本はもはや製造拠点ではありませんで
した。成長の教科書となっていたんです
。このような国にどうやって圧力をかけ
ろというのでしょうか?不可能でした。
アメリカ・中国・ロシア・中東・ヨーロ
ッパ・そして成長途上国の文書のすべて
の資料が同じ結論をしましていました。

       【続く】

函館の七夕「ろうそくもらい」

ここ数年、8月7日に毎年行われていた
七夕の行事「ろうそくもらい」がコロ
ナ渦後、姿を消しました。

以前はこの日、子供たちが「ろうそく
1本、ちょうだいな!」と言って、各家
を廻り、お菓子や小銭をもらっていまし
た。それを渡す方も楽しみにしていまし
た。子供たちの喜ぶ姿を見るのが嬉しい
からです。

「ここの家、お菓子くれるかなあ?」

7月7日の七夕の日、函館出身のうちのス
タッフのSさんは小さい頃、「ろうそくも
らい」の行事があったと言っておりまし
た。

時は、はちみつ色の光が広がる函館の街
。7月7日の七夕の日、子供たちがあちこ
ちをぞろぞろ歩く。

「ろうそく1本ちょうだいな!」と言って、各家をまわる。

「竹に短冊〽七夕まつり〽おおいに祝お
う〽ろうそく1本ちょうだいな〽」
《ろうそくもらい》の歌です。

玄関先に七夕飾りが揚げてあると、お菓
子を配ってくれる合図だ。フツーの民家
もあれば、居酒屋、床屋、医院、歯医者
もある。町内をひと周りしたなら、手に
した袋はいっぱいになる。年に一度の待
ちに待ったお楽しみなのだ。

玄関先に七夕飾りが揚げてあると、お菓子を配ってくれる合図。フツーの家、床屋、飲み屋、医院、歯医者...。

江戸時代末期から盛んだった函館の七夕
祭り、灯篭を灯すためのろうそくを集め
風習が残り、次第にお菓子配りに変わっ
たらしい。函館の七夕は7月7日ですが、
札幌は8月7日です。

函館の七夕は7月7日

ちなみに「ろうそくもらい」は「ろうそ
く出せ」とも呼ばれます。札幌の「ろう
そく出せ」の歌詞はちょっと怖くて、そ
のワン・フレーズ、
「ろうそく出せ!出せよ〽出さないとか
っちゃくぞ〽おまけに嚙みつくぞ〽」

札幌の「ろうそく出せ」は8月7日

今年の札幌の円山地区は「ろうそく出せ
!」の行事あるかなあ?もし、まるやま
ファミリー歯科の門を叩いてくれたら、
短冊をこしらえて、お菓子どころか、小
さい子にはアンパンマンシール、大きい
子にはガチャガチャを用意して待ってる
ぞ!

    「レレレのおじさん」

「時代劇」なのに新幹線が走っていた!

ある時代劇に、絶対に映ってはいけない
ものが映っていました。それが1987年
に放送された必殺仕事人の特別番組
「必殺忠臣蔵」。

江戸城で事件が起こった「必殺忠臣蔵」

物語の途中に江戸から姫路に早賀籠
(はやかご)が走る時、背後にまさかの
物体が映ったんですよ。

江戸から姫路に早賀籠(はやかご)が走る。

「えっほ!えっほ!えっほ!」走っていると

「えっほ!えっほ!えっほ!」背後に
「ゴーーーン!」新幹線が走って来て
、あっという間に追い抜いちゃった。

「ゴーーーーン!」新幹線が走って来た!

昭和時代劇の「撮影ミスか?」或いは
「遊び心か?」

まあ、テレビ時代劇の「必殺忠臣蔵」
は江戸時代と現代の移動手段の違いを
ユーモアたっぷり紹介したんだろうな
と思います。

 

ゲシュタルト能力、賢い人は視点が高いんです。

視点が高いとイロイロ気ずく(オガワメモ)

賢い人について考えてみました。賢い人
って視点が高いと思うんです。視点の低
い人にとっては見えているモノが全て。
ゆえに悲劇が来れば、ドップリ頭まで
浸かり考える暇もなく吞み込まれます。

視点の低い人にとっては見えているモノが全て

一方、視点の高い人は悲しい、楽しい、
苦しい、嬉しい、のようなものが見えて
いて、人生を見た上で目の前で起ってい
ることはその構成要素にすぎない。
何もしないでも、いずれ通り過ぎ去って
いくコトがわかっているんです。
というか、気ずくんです。

視点の高い人は、人生を見た上で目の前に起こっていることはその構成要素に過ぎないことが分かっている。

学校で得た学力や忍耐力は仕事をする上
でも使えます。まあ、ビジネスって
フィールドが違うんだけど、そこにも何
か共通点があって、その共通点は視点が
高くないと探せません。

学校で得た学力や忍耐力は仕事をする上でも使えます。

視点が高いということは、抽象度が高い
ということ。まあ、この共通点を探す力
のことをゲシュタルト能力と言うんです
が・・・。

部分から全体に気ずくゲシュタルト能力

例えば、夏に羽が落ちていた。これが
何故、セミの羽だと分かったのか?
羽を見た瞬間に、その羽から胴体が想像
出来たんです。順番がスッ飛ばされてい
ても、そこの穴埋めして理解が出来るん
です。部分から全体が想像できる。そし
て、その逆の全体から部分も想像できる

セミの羽

本当に賢い人達は人生にこの能力を存分
に発揮しているんです。この世界は問題
解決の連続で出来ています。なぜなら、
私たちが生まれて来た理由が問題解決を
する為だから。

この世界は明代解決の連続で出来ている。。

赤ちゃんはまず、歩くという問題を解決
していく。次に言葉をしゃべるという問
題を解決していく。そして、たし算、
引き算、掛け算、・・・というふうに。
自転車乗りもそうです。

これはゲシュタルト能力。目の前に見え
る問題だけじゃなくて、その問題の向こ
う側に広く見えている全体と部分の1点
に何か共通点があることに気ずく。

本当にスゴイ人達を見ていたら、いろん
な法則を知っていたり、言葉を知ってい
たり、それを説明する前提を知っていた
りしますもの。

本当にスゴイ人・徳川家康

まあ、それらはその人達が自分の人生で
しっかり拾い集めて来たモノですからね
え。こうやって、賢い人はますます視点
が高くなっていくんですよ。

 

⑤中東戦略分析チームが見た日本・「日本は完成した経験を売っている」

中東のサウジアラビア・UAE

               【続きです】

私はサウジアラビアとUAEの政府系フ
ァンドの投資戦略に目を通しました。
表面には「オイル時代後の生存戦略」
と書かれていました。最初のページを開
くと、中東諸国の悩みが赤裸々に綴られ
ていました。「石油はいつか尽きる。そ
の次を準備しなければワレワレは砂漠に
戻ることになる!」と。

サウジアラビアとUAEの政府系ファンドの投資戦略に目を通した。

次のページには投資パートナーの名前が
挙げられていました。アメリカ、ヨーロ
ッパ、中国そして日本。各国ごとに評価
が付けられていました。

「アメリカは技術は最高だが、プロジェ
クトの失敗が多い。政治的変数による契
約破棄のリスクあり。」

アメリカは技術は最高だが、プロジェクトの失敗が多い。契約破棄のリスクあり。

「ヨーロッパは高い人件費、遅い進行速
度、環境規則による遅延が頻発、中東の
特性への理解不足。」

ヨーロッパは高い人件費、遅い進行速度、中東の特異性への理解不足。

「中国は安価なコスト、早いスピード、
しかし品質問題が続発、アフタサービス
の不在、10年以内に再工事が必要。」

中国は安価なコスト、早いスピード、品質問題あり、アフターサービスの不在、10年以内に再工事が必要。

どの国も満足の行くものではなかったの
です。そして、日本の項目を読みました

「日本は完成率99%、納期遵守率96%、
砂漠・海岸・山岳の地形での施行経験保
有、50年にわたる中東プロジェクトでの
無事故・完成記録」その下に赤い字でこ
う書かれていました。「日本は技術では
なく、完成させた経験を売っている。」

日本は完成率99%、納期遵守率96%、砂漠・海岸・山岳の地形での施行経験保有、50年の中東プロジェクトでの無事故・完成記録。

完成させた経験、それは正確な表現でし
た。中東が日本から買っていたのは建物
や工場ではありませんでした。最後まで
やり遂げるという信頼でした。砂漠の真
ん中に都市を築き、海の上に人工島を造
り、何もない場所に空港を完成させた
経験、それを中東は買おうとしていたの
です。

中東は日本の「信頼」を買おうとしたのです。

次のページには具体的な項目が並べられ
ていました。サウジアラビアの未来都市
プロジェクト、バカラ原子力発電所、カ
タールのワールドカップスタジアムまで
全ての核心プロジェクトに日本が関わっ
ていました。

サウジアラビアの未来都市プロジェクト・バカラ原子力発電所などの核心プロジェクトに日本が関わっていました。

「ワレワレは日本を下請け業者ではなく
、生存のためのパートナーとして見てい
る。」王族たちは愚かではありません。
オイルマネーで数十年、世界を経験して
きました。彼らが日本を選んだ理由は明
確でした。

ワレワレは日本を下請け業者ではなくて、生存のためのパートナーとして見ている。

「アメリカとヨーロッパは約束をし、中
国は早く終わらせるが、日本は《きちん
》と終わらせる。石油で稼いだ金を未来
に変えることが出来るのは日本だけだ!
」中東は日本無しでは、石油後の時代を
準備できなかったのです。彼らの未来全
体が日本というパートナーにかかってい
ました。

日本はきちんと終わらせる。石油で稼いだ金を未来に変えることが出来るのは日本だけだ!

日本はモノを売っているのではありませ
ん。未来を創り出していたのです。それ
も他の国が失敗した場所で成功しながら
。中東が日本に託したのは工事ではなく
て、国家の運命でした。この国にどうや
って圧力を掛けることが出来るでしょう
か?できるはずがありません。

中東が日本に託したのは工事ではなくて、国家の運命でした。

        【続く】

④ロシア戦略分析チームが見た日本・「復興パートナーは日本でなくてはならない!」

「ロシア戦略チームが見た日本」

      【続きです】

私はヨーロッパの社会保障関連会議に出
席するためにベルギーのブリュッセルへ
行きました。NATOの本部で開かれる会
議で、ロシア・ウクライナ戦争の復興戦
略がテーマでした。会議室にはヨーロッ
パ各国の専門家が集まっていました。

NATOの本部ブリュッセルで開かれた会議とテーマは「ロシア・ウクライナ戦争の復興」。会議室にはヨーロッパの専門家たちが集まっていました。

ドイツの代表が発言しました。ロシア・
ウクライナ戦争が終われば、復興需要が
莫大になるという内容でした。インフラ
整備、住宅、工場、港湾施設まですべて
破壊されたのですから。
私はあることに気ずきました。復興パー
トナーの候補のリストにヨーロッパの国
々が入ってなかったのです。なぜヨーロ
ッパの企業が入ってないのか?

私は、復興パートナーの候補リストの中にヨーロッパの国々が入っていないことに気ずいた。

「ヨーロッパは入りたくても入れないん
です。ロシアはワレワレを信用していな
いからね。戦争が終われば、また制裁す
るだろうと考えているんです。」

「ヨーロッパの国々は、復興パートナーに入りたくても入れないんですよ。ロシアは我々を信用していないからね。」

「確かに。では中国はどうですか?」

「中国はもっと問題です。おカネは貸し
てくれるでしょうが、魂まで売れ!と言
ってきます。ロシアが中国の属国になり
たいと思うでしょうか?」

「中国はもっと深刻です。おカネは貸してくれるでしょうが、魂まで売れ!と言って来ます。」

私はその時ようやく状況を理解しました
。ロシアは西側も中国も望んでいなかっ
たのです。
ここにロシア戦略チームの分析資料があ
ります。そこにはロシア経済開発省傘下
の研究所が作成した戦後のシナリオが収
められていました。ロシアは既に答えを
決めていたのです。

「ロシアは既に答えを決めていました。」

「復興パートナーは、日本でなくてはな
らない!」と明記されていました。
「日本は政治的な条件をつけない。」
「約束した期限を守る。」そして最も重
要なのは、「最後までやり遂げるという
ことだ!最後までやり遂げることが出来
るのは日本だけだ!」これがロシアの専
門家たちの結論でした。

「復興パートナーは日本でなくてはならない。日本は政治的な条件をつけない。約束した期限を守る。そして最も大切なのは、最後までやり遂げることだ。」

ヨーロッパは政治のために中断し、中国
は服従を要求する。しかし日本は契約通
りに終わらせる、と。ロシア・ウクライ
ナ戦争には耐え抜いたものの、未来は日
本なしでは不可能だと判断していたので
す。

ヨーロッパは政治のために中断し、中国は服従を要求する。

次のページにはさらに驚きの内容が書い
てありました。日本の建設会社が、中東
や東南アジアで見せた実績分析でした。
砂漠に都市を築き、ジャングルに港を造
り、戦後直後でさえ工事を完成させた記
録が列挙されていました。ロシアの分析
官たちはこれを見て確信したのです。
「日本ならシベリアの復興も可能だろう
と。」戦後の世界は言葉よりも実行を求
めているのだなと思いました。

日本は砂漠に都市を築き、ジャングルに港を造り、海に滑走路を造った実績がある。

ロシアが日本を選んだのは簡単でした。
日本は言葉ではなく、仕事で示すからで
す。政治よりも契約を、約束よりも完成
を大切にする国、それが日本でした。

政治よりも契約を、約束よりも完成を大切にする国、それが日本でした。

アメリカ・中国・ロシア皆それぞれ違う
理由で日本を必要としていました。それ
は選択ではなくて必須だったのです。

      【続く】

「髪を切ってくる!」と言って外出し、歯医者さんの診察券を貰って帰って来た!

先日、ある御高齢の男性の方(91歳)が
突然来院されました。「この辺で歯医者
さんを探しているのだが、むかし通って
いて確かこの辺だったんだが・・・。」

(うちのスタッフ)
「何て言う歯医者さんでした?」「何っ
て言ったかなあ?確かこの辺の1階にあ
って、その先生、最近亡くなったんだよ
。」ああでもない、こうでもない、とス
タッフが心当たりのある近くの歯医者さ
んを探したのですが、全部違うと言う。

困って「どこかお口の中、調子悪いんで
すか?」と尋ねると、「上下の総入れ歯
がちょっと合わないんだよ。痛くはない
んだが・・・。」

「もし困っていらっしゃるのなら、うち
で良かったらで診ましょうか?」と言う
と、「保険証を持って来ていない。」と言
う。「じゃあ、申し訳ありませんが、こ
の問診票に記入して頂いて、明日のお昼
の12時に保険証を持っていらして下さい
。」ということになって、その日はうち
の診察券を持って帰られました。

1時間くらいして、受付に1本の電話があ
りました。「先程、そちらに伺った○○の
家の者です。うちのおじいちゃんがそち
らにかかったと思うんですが、変なこと
を言いませんでした?実は認知症なんで
す。《ちょっと髪を切って来る!》と言
って外出したんですが、髪は切らずに歯
医者さんの診察券を持って帰って来たん
です。それでお電話致しました。申し訳
ありませんが、明日の予約をキャンセル
して頂けませんか?」というものでした

何か話がかちあわないと思っていたけど
、なるほどそういうことだったのか。つ
まり、こういうことだ。

真相はこうだ!

おじいちゃんが髪を切りに行って来ると
言って外出したんだけど、歩いているう
ちに「いったい、わしは何しにどこへ行
くんだろう?」と忘れちゃって、歩いて
いるうちに目の前にうちの歯医者さんが
目に留まりで「あっ、そうか!わしは入
れ歯を調整しに行くのだ!」ということ
になり、うちの歯科医院に来たわけだ。
本来、髪を切るハズだったのが、どこか
で記憶の糸が、歯の治療に置きかわった
のだ。

そういえば、7,8年前にまるやまファミ
リー歯科の2件隣側に床屋さんがあった
なあ。その床屋さん、御高齢で亡くなっ
ちゃって店を畳んじゃった。そこに髪を
切りに行こうとしたら床屋さんが見つか
らなくて、代わりにうちの歯医者さんが
目に留まったってわけだ。

2軒隣の床屋さんは御高齢で亡くなっちゃった

そこで「いったい、わしは何しに来たん
だろう?そうか、歯医者さんで入れ歯を
治しに来たのだ!」と記憶の糸が置き換
わっちゃった。

何とも微笑ましい出来事でした。

ブログ一覧