松田聖子ひとつぶの青春『HAPPY SUNDAY』

昔の話です。ワタクシが学生だった頃、
毎週日曜日午後2時から約1時間、一人
部屋に座り込んであるラジオ番組を聴
いていました。それが松田聖子『ひと
つぶの青春』。

電波が届かないので時々、雑音が入る。
それにも負けず、ラジカセに録音して
いました。

日曜日の午後、突然ヒロインの部屋
(番組)に恋人としてのリスナーが訪れ
て、素顔の飾らない聖子ちゃんと楽し
いひと時を過ごすという設定。

その番組のテーマソングが
『HAPPY SUNNDAY』。

この曲の歌詞は確か、番組の中から公募
して選ばれた詞を原案にして、その詞の
エッセンスをちりばめながら、作詞家
松本隆が一気に歌詞を書き上げた。
作曲は財津和夫。

ストーリーはこうだ。
予告もなしに彼女の部屋を訪ねて来た彼
氏。送って来てくれたことはあっても、
部屋の中を見せるのは初めて。
急に訪ねて来てビックリした。(電話1本
くらい入れてよ!)そして素敵な時間を
過ごす。

『今日は何て素敵な日曜日なのかしら』
という幸せが伝わって来るような歌詞。
松本隆の詞は目を閉じるとそこに風景が
見えます。そして歌を聴きながらそれぞ
れの身に置き換えて妄想する。

当時はバブルで、今日よりも明日の方が
良くなるとみんな信じていた。ラジオで
はこの後、リスナーのおたよりと聖子ち
ゃんの早口の可愛らしいお喋り。そして
曲。そうやって楽しい1時間がアッと言
う間に過ぎたんです。

先日、六十を過ぎたオッサン連中に、
松田聖子『ひとつぶの青春』聴いた事
ある?と聞くと、『うん、あるある!』
と。みんな口には出さないけど、確かに
聴いていたのだ。そしてみんな、幸せの
エッセンスを注入して貰っていたのだ。

余談なのですが、そのあと松田聖子が出
したアルバム『パイナップル』の中の
1曲、『ピンクのスクーター』は、実は
女の子が突然男の子の部屋を訪れると
いう、『HAPPY SUNDAY』の
逆バージョン。まあ、どうでもいい話
なんですけど。

バブルの頃はこんな遊び心がいっぱい
ありました。やっぱり、青春って大切
だよね。

 

 

「G7に入れろ!」ってね。

 

G7サミット2026(フランス・エビアン)

「G7に入れろ!」と言って来た国があり
ます。

G7ってのはgroup of Sevenの略で、
カナダ・フランス・ドイツ・イタリア・
日本・イギリス・アメリカの7か国とEU
が参加し、世界経済や安全保障や気候変
動などの国際的な重要課題を協議する主
要国首脳会議のことです。

G7の各国のメンバー

簡単に言えば、G7って,入会試験も加盟
申請も条約すら存在しない非公式の集ま
り。その年のゲストとして招くか否かは
議長国が,たった1か国の権限で決める
んですよ。つまり自分の方から行く、と
宣言して座れる場所ではないんです。

G7には自分が入ると主張しても入れない。

皮肉なのは、この非公式さ、緩さ、規則
がないということが、外から無理やり入
ることを一番難しくしている点です。明
文化された規則がないということは規則
を盾にして、「入れろ!」と要求するこ
ともできません。ここを動かしているの
は条文ではなくて、長年積み重ねてきた
信頼関係。ですから紙の上の権利をいく
ら振りかざしても扉は開きません。

G7サミット2026の議長国はフランス(写真はマクロン大統領)

フランス・エビアンサミット

かつてG7は冷戦が終わったあとのロシ
アを合意の上で仲間に加え、一時はG8
という形を取っていましたが、ところが
、ロシアのプーチン大統領がクリミア半
島の併合をきっかけにその参加資格は停
止されました。

ソビエト連邦が崩壊するまで冷戦が続き、G7は冷戦が終わった後のロシアを合意の上で仲間に加え一時はG8になったが、プーチン大統領がクリミア半島を併合したもんだから、ロシアはG8を追い出され、再びG7になった。

そして後にある大国の大統領がロシアを
元のテーブルに戻すべきだと何度も強く
主張しましたが、残りの国々が揃って拒
み、ロシアの復帰はなりませんでした。
世界最強クラスのトップが全力で押して
も通せない。一度外に出た国をもう一度
迎え入れることですら、たった1国の反
対で決まるんですよ。

ロシアはクリミア半島併合をやったもんだから国際社会の反感を買い、G7から追い出された。

この集まりが生まれたのは半世紀ほど前
。世界が石油危機に揺れた時代でした。
最初はわずか数か国が、嵐の中でどう舵
をきるか話し合うために机を囲んだのが
始まり。戦後の通貨や金融や安全保障と
いった世界の屋台骨を何十年も継続して
支えてきた国々が、責任を分かち合うた
めに残った集団なんですよ。

この集まりが生まれたのは半世紀ほど前の第1次石油危機の頃。日本では田中角栄内閣の頃。

だから「GDPの数字が大きいから入れろ
!」という理屈は通りません。問われて
いるのは、大きさではなくて、背負って
来た時間の長さの方なんです。招待状す
ら持たない国が、宣言1つでそこに座れ
るハズがありません。

G7のメンバーは戦後の通貨や金融、安全保障などと言った世界の屋台骨を何十年も継続して支えて来た国々が責任を分かち合う為に残った集団。

招待が決まれば、国名が公式サイトに載
り、ロゴの使用が許可されます。発言の
順番と持ち時間が割り当てられます。共
同文書を巡っては、各国の事務官たちが
何か月も前から文語を1つずつ詰めてい
きます。準備の足跡がどこかに残るんで
すよ。

G7の前に各国の事務官たちが、何か月も前から文語を一つずつ詰めて行く。

ところで、G20は世界人口のおよそ8割
を抱える巨大な開かれた会議で、近年で
は新興国がその議長を務めることがあり
ます。

G20のメンバー

G20の国々

力を示したいなら本来舞台はそこでした
。ところがK国は開かれたテーブルには
目もくれず、招かれてもいないクラブの
扉だけを必死に叩いていたんです。

K国「うちもG7に入れろ!」

「うちの国は、他の国が出席すべきだ!
と言っているからやって来た!G7に入
れろ!」ってね。

 

H大理系組は東京に就職するので、頭脳の流出が起こる。

H大中央ローン角にあるクラーク博士像。

地方都市の宿命か、前から思っていたの
ですが、H大を卒業した人って周りにあ
まりいないんですよ。学生の頃は、あた
りまえですが周りがどいつもこいつもH
大生だらけだった。一体、どこへ行った

学生の頃は周りはH大生ばかりだった。

本州から7割が来て、4年間北海道で過
ごして、就職で本州へ帰る。勉強してH
大に入った札幌の子でも、就職は本社の
ある東京に引っ張られて行っちゃう。
北海道には理系を受け入れる企業が少な
いんですよ。まあ、東京で日本のために
頑張っているんだからいいんですが。

H大理系は大半が東京に就職する。

ただ、時が経てば、定年退職して札幌に
帰って来る卒業生もいます。私の属して
いる円山テニスクラブは最近、定年退職
したH大組が入部するようになった。

定年退職すると、東京から札幌に帰って来る。

ワタクシの嫁さんの兄が定年を迎え、先
日東京を引き払い、札幌に帰って来た。
歳をとってからの、東京での生活はどう
やらキツイらしい。こっちもH大理系組
だ。

ANAが運航管理拠点を北海道に持って来た!ヨシヨシ。

全日空(ANA)

全日空輸(ANA)が先日、首都圏などの大
規模災害を想定して、航空機の運航管理
などを担う北海道の新拠点を報道者に公
開したと、道新に出ていました。
それによると、羽田空港に一極集中して
いた運航の司令塔を北海道にも分散。こ
れで災害時にも最低限の運航が維持デキ
る。

羽田空港

新千歳空港

本州には首都圏直下型地震や南海トラフ
地震や富士山噴火みたいなリスクがあり
ますもんね。これで羽田・成田が被災し
たら、海外からの定期便を関西などの空
港へ向かわせることが出来る。

南海トラフ地震

首都圏直下型地震

東京

まあ、北海道に拠点を置いたのは良かっ
たと思いますよ。札幌圏なら一定規模の
人員を確保できるし、経済資源も確保で
きる。日航とか他社も北海道に来てくれ
れば、北大理系の卒業生が東京、大阪に
出ていかなくてもイイしね。拠点が千歳
付近なら通える。ヨシヨシ。

北大理系の卒業生も、大手の企業が北海道に拠点を作れば、道外に転出しなくてもいい。

日本は何かあった時の為に、しっかり良
い準備をしてくれる国。他の国に比べて
安全・安心感が半端じゃない。今回のホ
ルムズ海峡封鎖の日本政府の対応を見て
そう思った。

ホルムズ海峡封鎖

お城で言えば、本丸の他に、二の丸・三
の丸を、家で言えば、母屋の他に離れの
用意をしっかり考える国民なんですよ。
日本っていう国はね。ヨシヨシ。

名古屋城の二の丸(左側)と本丸(右側)

 

振動数が高いと、上手くいく。

振動数を上げると絶景が待っている

進化にはどうも振動数が関係するらしい
。モノには何でも固有の振動数がありま
す。振動していないように見えても振動
しています。木でも石でも、そして人間
でも。ワクワクしたり、楽しかったりす
ると振動数があがり、何をやってもうま
くいきやすい。

振動数

逆に、悲しかったり、落ち込んだりする
と一気に振動数が下がる。この状態では
何をやっても上手くいかない。ヒトだけ
が喜怒哀楽を使って振動数を上げたり、
下げたりすることが出来るんです。

空を飛びたいと思ったら飛べた

人間は鳥を見て飛んでみたいと思い、
ホントに鳥のように飛び、とうとう月に
まで行っちゃった。サルは鳥を見ても飛
びたいとは思わなかったのでしょう。

歴史上にある様々な発明はすべて、異常
な興味、好奇心、遊び心という振動数が
高い時に生まれた。そして、この振動数
の違いが進化の違いに繋がった。

サル➡人間へ

よく子供たちが3、4時間ずっと走り
回っていますが、あの子たちはとても
振動数が高いんです。だから、あの振動
数の高い状態を保ったまま、上手く教育
すれば、大人を一瞬で置き去りにする。

遊び回る子は振動数が高い

逆に、家から出られなくなるとか、部
屋から出られないとかで、振動数が下
がると、行動半径がドンドン狭まって
行く。
そうやって下がり続けると、お腹が減
っても食べ物を買いに行くこともしな
くなり、最後には動けなくなる。

すると突然、脳卒中や心筋梗塞などの
突然発作を起こし、その人は亡くなる。
孤独○の最も多いパターンです。

振動数が低いと悪いことが起こりがち

それくらい振動数を下げないことは大切
なんです。だから、ヒトは振動数の高い
人を見たがるし、振動数の高い人と会い
たがる。

学校で一番厄介なのは不良よりも無口な
生徒。不良はモノを壊したり、暴走行為
をしたりと、ものすごいエネルギーがあ
る為、そのエネルギーが向かう方向を変
えてやればイイ。振動してますからねえ

逆に、無口な生徒は非常に扱いずらい。
発するエネルギーが少ないので、全く振
動していないのだ。
まず、振動させるところから始めなけれ
ばならない。この作業、尋常じゃない。

不良のイメージ

じゃあ、振動数をあげるにはどうしたら
いいか?
スピードをあげるのだ。速い乗り物に乗
るとか、早く歩くとか、作業を早くする
とか。すると振動数は簡単に上がる。

早く歩くと振動数が上がる

言葉ひとつでも変わって来ます。その人
が使っている言葉で、その人は形成され
ます。
『落ち込んでるでしょう。』と言われ、
『ウン、落ち込んでる。』と答えちゃあ
ダメ!その瞬間に思いっきり振動数が下
がります。この場合、『落ち込んでなん
かいないやい!』と答える。

何が言いたいかと言うと、ヒトにつられ
て振動数を下げちゃあダメ!っていう
ことです。
とにかく振動数を上げることだ。

 

もうひとつの『源氏物語』(後半)

 

実は弟・源頼信の方が源氏の本流を築いた

                     【続きです】

そんな兄さん頼光の出世を複雑な思いで
見ていた人物がいます。それが頼光より
も20歳年下の腹違いの弟、頼信。頼信も
兄さん同様、摂関家に近ずいて、あわよ
くば出世、ともくろんだのですが、仕え
た主人が悪かった。仕えたのは道長の腹
違いの兄、道兼。関白になるにはなった
ものの、就任後、わずか10日ではやり病
で死去。

で、次に関白になった道長に仕えたので
すが、受領として当時、ろくでなしや野
蛮な連中がいると言われた関東の常陸国
(ひたちのくに)、上野国(こうのずけの
くに)に飛ばされたんです。まあ、今でい
う左遷です。

上野国・常陸国の受領に飛ばされた

でも頼信は兄とは違う道で源氏の本流へ
とのし上がって行くんですよ。例えば、
兄が東大で官僚なら、弟はスポーツで
プロ野球選手。
『今昔物語』にも書かれているんです
が、頼信が常陸国の受領だった頃、税を
納めようとしない地方豪族がいて、名前
は『平忠常』。もともと受領って、悪徳受
領って言葉があるほど、当時ひどいこと
する受領がたくさんいて、税を納めない
のは税の取り立て側に問題があって、腹
がたっていたのかもしれませんけどね。
で、まあ、頼信はその『平忠常』を大軍
勢でやっつけたワケですよ。

平忠常の乱

なんやかんやあって、頼信が60歳頃、ま
た『平忠常』が反乱を起こして、頼信さ
ん、またやっつけた。
で、そのとき忠常には二人の息子達がい
て、息子達は父が死んでも降伏しようと
はしなかったんです。
都ではその処分が問題となって、公卿の
中には討伐を求める者もいましたが、頼
信が息子達の命だけは助けてやってくれ
ないか、と嘆願したので、二人の息子達
の命は、とりあえず助かったんですよ。

時は過ぎて、源頼信から6代後、
『源頼朝』の時代。頼朝は平氏打倒の兵
を挙げますが、敗れて房総半島に渡って
いました。その時、頼朝のもとに馳せ参
じたのが房総の有力武士『千葉常たか』
と『上総広常』。この二人、実は頼信が昔
命を助けた平忠常の息子の子孫だった。

確か、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』
では千葉常たかを岡本信人さんが、上総
広常を佐藤浩市さんが演じていたような
気がします。
頼信から受けた恩を忠常の子孫が頼朝に
返したのだ。

この源頼光(らいこう)・源頼信の話が、
もうひとつの『源氏物語』。

もうひとつの『源氏物語』(前半)

源頼光(兄)・源頼信(弟)の物語

平安時代に紫式部がつずった光源氏の
『源氏物語』ってのが有名なんですけど
、その同じ時代に、もうひとつの『源氏
物語』があるんですよ。こっちも藤原道
長の時代なんです。

時は平安、源頼光(らいこう・兄)、
源頼信(弟)という下級の軍事貴族の腹違
いの兄弟がいました。兄さんの方は鬼退
治・妖怪退治をしたらしいんです。
京の都を荒らす鬼・酒吞童子(しゅてん
どうし)が出ると言うんで、時の権力者・
藤原道長が源頼光に『鬼退治してこい!
』と命令し、鬼を退治した。そして冠位
を少しずつ上げていったんです。

頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、…)の鬼退治

歴史家に言わせると、実際、鬼退治した
って記述はまるでなくて、どうやら源頼
光って人、プレゼント大作戦、賄賂大作
戦で、冠位を上げていった人らしい。
今じゃ、なに?この人!ってことになり
ますが、どうやら平安時のそういうの
がフツーの昇進のやり方だったらしいん
です。

実は手柄じゃなくて、賄賂で冠位を上げた

で、馬30頭を贈ったという記述がありま
す。当時の馬1頭と言ったら、今でいう、
高級車1台分。

こうして摂関家に赴くことで兄の頼光は
備前,美濃、但馬(たじま)、伊予、摂津
など畿内・西国を中心に豊かな国の受領
(まあ、今でいう知事みたいなもの)を歴
任しました。いわばスーパーエリート。
東大にいって官僚になるようなもの。

頼光は伊予・備前・但馬・摂津・美濃の受領

この頼光さん、最後は内裏を警護する内
裏守護に任じられ、その子孫が代々、そ
の職を家業として受け継いでいったんで
す。これが兄さん源頼光の『源氏物語』。

      【続く】

⑦世界の戦略と日本に対する結論

 

    【続きです】

アメリカは、日本無しでは海軍を維持で
きません。中国は、日本に圧力をかけれ
ば、自国の産業が揺らぎます。ロシアは
、戦後の復興に日本が不可欠です。中東
は、石油後の未来を日本に託しています
。ヨーロッパは、日本のスピードについ
ていけません。成長途上国は、日本を手
本にしています。

アメリカは日本無しでは海軍を維持できません

成長途上国は日本を手本にしています。

ヨーロッパは日本のスピードについていけません。

中国は日本に圧力をかければ、自国の産業が揺らぎます。」

ロシアは戦後の復興に、日本が不可欠です。

中東は石油後の運命を日本に託しています。

日本はもはや選択肢ではありません。日
本はもはや排除することも圧力をかける
こともできない存在になりました。これ
が私の見つけた結論でした。
ホワイトハウスの国家安全保障会議でミ
ラー博士はこう発言しました。
「日本は国家秩序の前提条件です。」

「日本は国家秩序の前提条件です。」

議長は尋ねました。
「ミラー博士、ではワレワレにできるこ
とは何だ?」

「認めることです。日本はワレワレがコ
ントロールする対象ではなく、協力すべ
きパートナーなのだということを。」

「認めることです。」

会議室が静まり返りました。

「では日本がワレワレの側から離れたら
どうする?」

「日本が、我々の側から離れたらどうする?」

「そのようなことはないでしょう。日本
もワレワレを必要としていますから。し
かし、これからは日本も選択できるとい
うことを認めなければなりません。世界
は変わり、日本の位置付けも変わったの
だと。」

「そのようなことはないでしょう。日本も我々を必要としていますから。」

世界各国が日本に見せる態度がそれを証
明していました。最も恐ろしい国は、強
い国ではありません。方向を変えること
のできる国が本当に恐ろしいのです。今
や日本はそのような国になってしまいま
した。

世界は日本が好きだから引き留めている
わけではありません。手放すことができ
ないから引き留めているのです。

     おしまい

⑥東南アジアの戦略と日本・「日本は次の段階を知る、お手本の国だ!」

ミラー博士はベトナムのハノイに行き、ベトナム計画投資庁の局長に会った。

      【続きです】

ミラー博士はベトナムのハノイに行きま
した。そこでベトナム計画投資庁の局長
に会いました。そして「ベトナムの産業
化戦略」という本を読みました。そこに
でベンチマーク対象国」と書かれている
項目を見つけました。中国はそこから外
されていました。変わりに日本が第1位
に挙げられていたのです。「なぜ中国じ
ゃなくて日本なのか?」

ベンチマーク対象国として、中国は外されていて、代わりに日本が第1位に挙げられていました。

「中国は大き過ぎます。ワレワレがマネ
することができません。しかし日本は違
います。日本はワレワレと同じように小
さな国から始めました。中国は巨大市場
(国内)で成功しましたが、ベトナムには
そのような市場がありません。日本のよ
うに輸出で生き残る方法を学ばなければ
ならなかったのです。日本は製造・管理
・品質のすべてを教えてくれます。中国
はおカネだけを渡して終わりです。

日本は製造・管理・品質のすべてを教えてくれます。中国はおカネだけ渡して終わりです。

次にインドネシアのジャカルタに移動し
ました。そこでインドネシア産業省の次
官に会いました。彼も似たような話をし
ていました。ワレワレは日本の企業と合
弁工場を建設しています。日本はただ単
に工場を建てるだけではありません。ワ
レワレのエンジニアを教育し、品質管理
システムを構築してくれます。

インドネシア産業省のあるジャカルタに移動し、次官と話しをしました。日本はただ工場を建てるだけではありません。我々エンジニアを教育し、品質管理システムを構築してくれます。

私は尋ねました。「中国の企業はどうで
すか?」「中国は早く建てて去って行き
ます。問題が起きても責任を取りません
。しかし日本は違います。10年後に来て
も点検してくれます。日本は短期的な利
益だけでなく、長期的なパートナーシッ
プを選んでいました。

中国は早く建てて、去っていきます。問題が起きても責任を取りません。しかし日本は10年後に来て点検してくれます。日本は長期的なパートナーシップを選んでいました。

インドのニューデリーであった経済学者
も同じことを言っていました。「インド
は中国の投資を制限していますが、日本
の投資は歓迎しています。何故かって日
本は技術を本当に移転してくれるからで
す。中国は中国の人だけを連れて来て働
かせますが、日本はワレワレの人材を育
ててくれます。

インドのニューデリーで会った経済学者は、中国は投資を制限していますが、日本の投資は歓迎です。日本は我々の人材を育ててくれます。

ベトナム、インドネシア、インドすべて
の国々が日本をお手本にしていました。
なぜか?日本は実際にハシゴを登り切っ
た国だったからです。1962年の最貧国か
ら2020年代の先進国になった経験。そ
の過程を成長途上の国々は学びたかった
のです。さらに重要なのは、日本がその
経験を分かち合ってくれるということで
した。

ベトナム・インドネシア・インドすべての国々は日本をお手本にしていました。最貧国から先進国になった経験、その過程を成長途上の国々は学びたかった。

中国は成功しましたが、自らのやり方を
強制します。ヨーロッパには経験があり
ますが、それはもう昔の話です。日本は
最近まで成長し続け、そのノウハウをリ
アルタイムで伝授していました。日本は
その道の案内役を果たしていたのです。
成長国の共通の戦略は中国を避け、日本
に学ぶことでした。

日本は最近まで成長し続け、そのノウハウをリアルタイムで伝授していました。日本は成長の教科書です。

日本はもはや製造拠点ではありませんで
した。成長の教科書となっていたんです
。このような国にどうやって圧力をかけ
ろというのでしょうか?不可能でした。
アメリカ・中国・ロシア・中東・ヨーロ
ッパ・そして成長途上国の文書のすべて
の資料が同じ結論をしましていました。

       【続く】

函館の七夕「ろうそくもらい」

ここ数年、8月7日に毎年行われていた
七夕の行事「ろうそくもらい」がコロ
ナ渦後、姿を消しました。

以前はこの日、子供たちが「ろうそく
1本、ちょうだいな!」と言って、各家
を廻り、お菓子や小銭をもらっていまし
た。それを渡す方も楽しみにしていまし
た。子供たちの喜ぶ姿を見るのが嬉しい
からです。

「ここの家、お菓子くれるかなあ?」

7月7日の七夕の日、函館出身のうちのス
タッフのSさんは小さい頃、「ろうそくも
らい」の行事があったと言っておりまし
た。

時は、はちみつ色の光が広がる函館の街
。7月7日の七夕の日、子供たちがあちこ
ちをぞろぞろ歩く。

「ろうそく1本ちょうだいな!」と言って、各家をまわる。

「竹に短冊〽七夕まつり〽おおいに祝お
う〽ろうそく1本ちょうだいな〽」
《ろうそくもらい》の歌です。

玄関先に七夕飾りが揚げてあると、お菓
子を配ってくれる合図だ。フツーの民家
もあれば、居酒屋、床屋、医院、歯医者
もある。町内をひと周りしたなら、手に
した袋はいっぱいになる。年に一度の待
ちに待ったお楽しみなのだ。

玄関先に七夕飾りが揚げてあると、お菓子を配ってくれる合図。フツーの家、床屋、飲み屋、医院、歯医者...。

江戸時代末期から盛んだった函館の七夕
祭り、灯篭を灯すためのろうそくを集め
風習が残り、次第にお菓子配りに変わっ
たらしい。函館の七夕は7月7日ですが、
札幌は8月7日です。

函館の七夕は7月7日

ちなみに「ろうそくもらい」は「ろうそ
く出せ」とも呼ばれます。札幌の「ろう
そく出せ」の歌詞はちょっと怖くて、そ
のワン・フレーズ、
「ろうそく出せ!出せよ〽出さないとか
っちゃくぞ〽おまけに嚙みつくぞ〽」

札幌の「ろうそく出せ」は8月7日

今年の札幌の円山地区は「ろうそく出せ
!」の行事あるかなあ?もし、まるやま
ファミリー歯科の門を叩いてくれたら、
短冊をこしらえて、お菓子どころか、小
さい子にはアンパンマンシール、大きい
子にはガチャガチャを用意して待ってる
ぞ!

    「レレレのおじさん」

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