2026年 8月 の投稿一覧

①物語・アメリカHB大学講義「日本の持つ記憶という武器」(後半)

 

     【続きです】

多くの国々は独立後も宗主国の言語を使
い、政治システムに倣い、経済的に従属
しました。ところが日本は全く違った自
分たちのシステムを作り上げ、自らの言
葉で教育し、経済的に自立しました。こ
れは偶然じゃなくて、構造的な問題です

多くの国々は独立後も宗主国の言語を使い、政治システムに倣い、経済的に従属しました。だが日本は違った。

日本人は危機に直面する度に学んで来た
のです。どうすれば生き残れるのか?ど
うすれば侵略者を疲れさせることができ
るか?どうすれば再び立ち上がれるのか
?そしてその学びがシステムになったの
です。危機が来れば自動的に作動するシ
ステム。

どうすれば生き残れるのか?どうすれば侵略者を疲れさせることができるのか?どうすれば再び立ち上がれるのか?

戦争が来れば制度が変わりました。災害
が来ればソシキが強化されました。失敗
すれば学習し、その学習は次の危機の際
に自動的に発動されました。これは防御
ではありません。進化です。

日本は戦争が来れば、制度が変わった。災害が来れば、ソシキが強化された。失敗すれば、学習した。進化です。

ではなぜ他の国はそうならなかったのか
?他の国も侵略された。戦争を経験した
。しかしその多くは崩壊するか、吸収さ
れた。なぜか・危機に対する姿勢にあり
ます。多くの国々は危機を「耐え忍ぼう
としました。原状回復が目標だったので
す。

多くの国々は危機を「耐え忍ぼう」とした。原状回復が目標だったからです。

日本は全く違いました。「危機を燃料と
して使った」のです。侵略の危機、敗戦
、占領、経済危機、日本はその先に制度
改革、産業化、民主化、技術発展、経済
跳躍の方向に進化したんですよ。

日本は危機を「燃料」として使った。

国家は1つの危機を経験すれば、回復に
数十年かかります。日本は止まらなかっ
た。むしろ加速した。なぜか?選択肢が
なかったからです。止まれば死ぬという
ことを骨の髄まで知っていたのです。だ
から危機を避けませんでした。正面から
突破した。これこそが日本の持つホント
の武器。

日本は止まらなかった。むしろ加速した。危機を避けずに正面から突破した。

技術でも資源でも軍事力でもない。
「記憶」です。日本人は敗戦の記憶を忘
れませんでした。崩れた記憶、立ち上が
った記憶、また崩れた記憶、そして再び
立ち上がった記憶、これらの記憶が積み
重なり、文化となり、制度となり、国家
運営のシステムとなったのです。

日本の武器は技術でもない。資源でもない。軍事力でもない。「記憶」です。

だから21世紀、ホルムズ海峡危機が来た
って、日本は決して慌てませんでした。
すでに何度も経験したことですから。金
融危機が起こった時、他の国はパニック
に陥りましたが、日本は既に対応マニュ
アルを作動させていました。

日本はホルムズ海峡危機にも、対応マニュアルを作動させた。

外交的孤立が訪れた時、他の国は混乱し
ましたが、日本は慣れたように対応しま
した。供給網が崩壊する危機が来た時も
同様でした。

外交的孤立に対しても、日本は慣れたように対応した。すでに動き始めていたのです。

他の国が右往左往する中、日本は既に動
き始めていたのです。特別なマニュアル
は必要ありませんでした。カラダが覚え
ていたのです。危機を経験した後、2つ
の選択肢があります。「元に戻る」か
「違う段階に進む」か。多くの国は前者
を選びます。日本は後者を選んだのです
よ。

日本は「進化」を選んだ。

      おしまい

「帰宅部」が運動会のクラブ対抗リレーで優勝した!

クラブ対抗リレーに初めて参加した帰宅部

どこの学校にも運動会がありますが、そ
の目玉にクラブ対抗リレーというのがあ
って、まあフツーは陸上部、野球部、サ
ッカー部、バスケット部、テニス部など
の運動系が出場し、場を盛り上げてくれ
ます。これは鳥取県立境高校の運動会の
お話です。

野球部

サッカー部

その年は珍しく、ある部がリレーにエン
トリーしました。その名は帰宅部。彼ら
は放課後、授業が終わるとダッシュして
塾や予備校に向かいます。

帰宅部のユニフォームは白いカッターシ
ャツに黒いズボン。すぐ帰宅できるよう
にです。そしてみんなメガネをかけ、両
手には勉強道具。食べる、風呂、寝る以
外は常に勉強する。もちろんトイレにい
る時も受験参考書は欠かせない。

応援する時も片時も勉強道具は離さない帰宅部

ヨーイ、ドン!でリレーが始まる。今年
も陸上部が優勝候補。お家芸ですからね
え。次にサッカー部が続く。野球部は短
距離のベースランニングは得意だが、長
くなると疲れて来る。

まず、バスケ部が転倒した。優勝争いか
ら脱落。リレー後半、帰宅部が追い上げ
て来た。サッカー部を抜き、野球部を抜
き、陸上部との一騎打ち。

帰宅部が野球部を抜く

帰宅部2位浮上

熱が入る帰宅部応援団

そして最後の最後に陸上部をかわして、
帰宅部、まさかまさかの優勝!大いに盛
り上がった。

帰宅部、陸上部をかわして、まさかの優勝

表彰しようとしたら、あれ?帰宅部、ど
こ行った?

帰宅部応援団も動き出した!

塾に間に合わないというので、そのまま
ダッシュしていなくなってしまったので
ある。リレーの優勝よりも塾優先。

早く帰りたい帰宅部。塾に間に合わない
!いつも放課後、授業が終わるとすぐ、
いい席を取るためにダッシュして帰るん
ですよ。負けるな、帰宅部!

      おしまい

 

①物語・アメリカHB大学講義「日本の持つ記憶という武器」(前半)

今日のブログは「国際政治学と安全保障
戦略」を研究している、アメリカHB大
学のある教授の講義の物語です。物語な
ので真実かどうかはわかりません。こう
いう話もある、と軽い気持ちで読んで下
さい。では始めます。GO!

私は東アジアの地図を見せました。日本
の北には大陸、南には広大な海、歴史的
にこの位置は災いでした。大陸勢力が海
に出ようとすれば、日本列島が邪魔にな
る。海洋勢力が大陸に進もうとすれば、
日本列島を踏み台にしたがる。

日本の北には大陸、南には広大な海。歴史的にこの位置は災いでした。

C国、モンゴル、ロシア、これらの国に
とって日本はジャマ。日本なんか小さく
て、持ちこたえるのは難しい。すぐに崩
れるだろう、と侵略者たちは毎回こう計
算しました。軍事力の差は圧倒的に侵略
者の方が上でしたからねえ。

「日本なんか小さくて、持ちこたえるのは難しい。すぐに崩れるだろう。」

でも侵略はスベテ失敗。13世紀、ユーラ
シア大陸を吞み込んだモンゴル帝国、そ
の巨大な艦隊は二度にわたり日本に襲い
かかりましたが、「神風」により海に沈
んだ。19世紀、欧米列強の黒船が来航し
たとき、他のアジア諸国は次々と植民地
になりましたが、日本はどうかと言うと
、明治維新というたぐい稀な自己改革を
成し遂げ、欧米の侵略を許さなかったん
ですよ。

モンゴル帝国襲来。「神風」により海に沈む。

欧米の計算上はとっくに終わっているは
ずなのに、現実には阻まれ続けたのです
。だからいつも同じ結論を出した「今回
は例外だった」と。モンゴル襲来。二度
にわたる侵略の撃退。19世紀、黒船来
航。

日英同盟により、ロシアはイギリスに意地悪され、極悪な軽油しか手に入らず、黒い煙を出しながら、ヘトヘトになって地球を半周して、やっとの思いでアジアにやって来たら、元気な日本軍にボゴボゴにやられちゃった。

ロシアは船の長旅に疲れちゃった。

植民地化を回避し、近代化を達成した。
20世紀、第二次世界大戦で敗戦。しかし
わずか数十年で世界第2位の経済大国へ
復興。侵略者たちは勝ったと錯覚しまし
たが、結局は誰もこの国を完全に支配で
きませんでした。

アメリカ海軍・日本は敗戦

なぜ日本は常に過小評価された状態で戦
って来たのでしょうか?答えは簡単で過
小評価されること自体が生存戦略だった
から。侵略者たちは常に短期決戦を期待
しました。だから長期戦の準備を怠りま
した。日本人はまさにその隙間を突いた

過小評価されることが、日本の生存戦略。

時間を稼げば稼ぐほど侵略者の補給線は
伸び、占領地は広がっても統治力は弱ま
り、本国では戦争による疲労が溜まって
いく。日本人はまさにその瞬間を待って
いたのです。そして、その時が来れば反
撃しました。

第二次世界大戦の時の敗戦による占領
(7年間)は結果を見てみれば、占領が終わ
った時も日本は消えていませんでした。
言葉も文化もアイデンティティもそのま
ま残っていたんですよ。それどころか独
立を回復した直後から、爆発的な復興を
し始め、わずか1世代で先進国の仲間入
りを果たしたのです。

日本は独立を回復した直後から、爆発的な復興をし始め、わずか一世代で先進国の仲間入りを果たした。

       【続く】

 

 

物語・国際政治学と安全保障戦略から見た『日本』

アメリカのHB大学の「国際政治学と安全保障戦略から見た日本」の講義。

これはアメリカのHB大学の『国際政治
学と安全保障戦略から見た日本』の講義
の内容のあらすじです。作り話かもしれ
ませんが、まあまあ面白い内容だったの
でご紹介します。では始めます。GO!

世界が緊張し始めた時、各国の戦略文書
の隣に『日本』という言葉が目に付くよ
うになりました。今まで日本は学問の世
界で、真剣に扱われていませんでした。
日本は教科書のページの下にある小さな
注釈でしか登場してきませんでした。ア
ジアの小さな島国、そんな感じの記述が
全てでした。

各国の戦略文書の隣に「日本」という言葉が目につくようになった。

何故かと言うと、国土は小さく、資源も
ない、その上、第2次世界大戦で全て焼
野原になった歴史があったからです。そ
して、大陸と海洋勢力に挟まれた地政学
的に厳しい位置に日本はあります。

アジアの小国・ニッポン。

世界には国を評価する明確な基準があり
ました。大きな国は強い。資源の多い国
は持ちこたえる。世界を支配したことが
あれば安定的だ。日本はこれら全ての基
準で落第でした。研究する価値さえない

軍事力の大きい国アメリカ。

資源の多い国は持ちこたえる。

人口の多いC国

経済危機が起こる度に、金融危機が起こ
る度に、地政学的危機が起こる度に同じ
予測が出されました。日本は今度こそ持
ちこたえるのは厳しいであろう、と。し
かし日本は崩れませんでした。いや、崩
れなかったというレベルではありません
でした。むしろパワーアップされたので
す。

日本の経済危機

世界の専門家たちの予測はそのたびに外
れ続けました。一度の間違いなら変数の
見誤りです。二度の間違いならモデルを
修正すべきでしょう。でも何度も間違い
続けたとしたら、それは予測の問題では
ありません。

日本の金融危機・拓銀が破綻。当時は都銀が破綻するなんて、考えられなかった。

ここで『0(ゼロ)』という数字がありま
す。この数字は過去50年間、日本に関す
る主要な学術予測の中で、的中したもの
の数です。つまり世界は危機の度に日本
は崩れるだろう、と予測したのです。し
かし答えは真逆。日本は進化し続けたん
ですよ。なぜ世界は日本について常に見
誤って来たか?実はモノサシが壊れてい
たんです。

この50年間、世界の日本に関する学術予測の中で的中した数が「ゼロ」でした。

20世紀の覇権理論は単純でした。領土、
人口、資源、軍事力、この4つがあれば
大国になれたのです。アメリカ、ロシア
、中国なんかがそう。ところが21世紀に
入り、奇妙なことが起こり始めたんです
よ。この4つを備えた国々がアジアの小
さな島国の1つの為に、頭を抱え始めた
のです。

大学の講義は続く

半導体の供給網が揺らぐ度に、世界は震
えました。バッテリー生産に支障が出れ
ば、世界の自動車産業全体が止まりまし
た。造船所の1つの工程が調整されれば、
海運市場が震えはじめました。すべて日
本が鍵を握っています。

日本の半導体の供給網が揺らぐ度に、世界は震えた。

日本が積み上げてきたのは技術だけでは
ありませんでした。失敗の記録もそうで
す。どの工程でどんなミスをすれば、ど
んな結果がでるのか、どんな危機にどう
対応すれば生き残れるのか、こんなのは
本には書いてありません。データベース
にも残ってはいません。

日本のバッテリー生産に支障が出れば、世界の自動車産業全体が止まりました。

日本は過去70年間、この記録を積み上げ
て来ました。戦争による壊滅、占領、経
済危機、金融崩壊、外交的孤立、あらゆ
る危機を経験し、1つずつ学んで来たの
です。そしてその学びが制度として固ま
り、文化に染み込み、国家の運営システ
ムになりました。

日本の造船所の1つの工程が日本によって調整されれば、世界の海運市場が震え始めた。

「じゃあ、他の国もマネすれば?」いや
いや、それは不可能なんですよ。時間は
買えませんからねえ。危機を経験せずに
して、危機対応能力は生まれません。失
敗せずして失敗処理システムは作れませ
ん。日本はすでにその過程を終えていた
んですよ。

 

大学よりも予備校のほうが楽しいのは何故だろう?(後半)

 

                  【続きです】

3つ目は夢に向かって一直線な自分への
陶酔。1つの目標に向かって、ひたすら
ガンバル自分にちょっと感動するのだ。
誇りを感じるのだ。志望校に向けて努力
している充実感。授業ごとに学力が伸び
ていく実感。

夢に向かってひたすらガンバル自分に感動する

人気講師の授業を受けているだけで、板
書でノートに書き写すだけで、それだけ
で頭が良くなったという錯覚。それ即ち
青春の勘違いなのであります。
復習をしないと無イミなのは言うまでも
ありません。大切なのは、頭の中をグル
グル回して、どれだけ頭の中に残ってい
るかなんですよ。

キレイに板書できた、と満足しちゃダメ!どれだけ頭の中に残っているかが大切。

4つ目、一喜一憂すら美しい。模試の結
果に一喜一憂。受験とは恋のようだ。
志望校への想いは実るのか?諦めて無難
なところで妥協すべきか。頭の中を巡る
のは、すばらしいキャンパスライフ。

頭の中を巡るのは素晴らしいキャンパスライフ

脳内の自分は一足先に憧れの大学のキャ
ンパスを教科書を片手に歩いている。い
や、ステップしている。さわやかな先輩
とテニスしている。合コンを取りに女子
大の前で門立ちしている。

脳内では、一足お先に仲良くなった彼女とテニスをしている。

そんな妄想を交えつつ、模試の合格判定
を眺めつつ、ため息交じりに一喜一憂。
即ち、キャンパスへの恋である。

模試の結果に一喜一憂する。

5つ目。本当に恋をする。フライイング
デビユーの成れの果て。目標に向かって
切磋琢磨する者同士があらぬ形で意気投
合してしまうパターン。『一緒に予習し
ようよ!』などと言って、自習室やファ
ミレスやらで和気あいあいしてしまうと
いう、何ともフレッシュな現象である。

本当に恋をする。だいたい女性が受かって、男性が落ちるってのが定番。

なお、恋の矛先がセンセに向いてしまう
というパターンも割と多く存在する。
それをバネに伸びるケースもあれば、完
全に勉強が頭から消えてしまうという悲
劇的なケースも生じ得る。後者は特に要
注意だ!

恋をバネに伸びる場合もあるが、完全に勉強が頭から抜けてしまう場合もある。

以上が充実予備校生活の正体ではないか
と考える。とにかく、予備校で、『一足
お先』にいろいろ満喫してしまうのだ。
しかし受験とはやはりツラくて当然。そ
れを乗り越えるからこそ、達成した時、
嬉しいのである。

受験生の皆さんにはどうか合格して、さ
わやかにキャンパスでテニスをやって頂
きたい。

合格したら、さわやかにキャンパスでテニスをやって頂きたい。

      おしまい

大学よりも予備校のほうが楽しいのはなぜだろう?(前半)

予備校生なのに大学キャンパスライフを先取り

先日、予備校の表センセの話をしたので
、ワタクシの予備校時代を思い出してみ
ながら考えてみた。。
一部では『大学よりも楽しい』という大
学受験予備校があります。実際、ワタク
シも予備校の方が楽しかったクチです。
いったい何故なのか?受験とは本来、ツ
ラく苦しい自分との闘いなハズ。この本
末転倒とも言える現象はいったい何故起
きるのか?

昭和の予備校の授業風景

1つは男女混合のドキドキだ。男子校、
女子校、共学校とある以上は単純計算で
は日本の学生の3分の2は男女別々の教
育を受けていることになる。今は男子校
・女子校は人気がないので少なくなりま
したが、4,50年前はあっちにもこっち
にもフツーにあった。

男女混同のドキドキ

となると、今まで別々のオリの中で過ご
してきた、若く、エネルギッシュな男女
はオリをでた瞬間、一気に自我を解き放
っつてしまう傾向があるようだ。そんな
解放感あふれる男女が一同に会すればど
うなるか、何となく想像はつく。

今まで別のオリの中で過ごした、若くエネルギッシュな男女は、オリを出た瞬間・・・。

浪人と言う道を選んだ者には予備校とい
うワンクッションが入る。その予備校で
お先にデビューしてしまう、即ち大学デ
ビューのフライイング現象だ。

予備校なのに大学デビューのフライング現象

2つ目は華のある講師陣だ。予備校業界
はあるイミ、小さな芸能界と言っていい
。と言うのも、予備校講師は『カリスマ
講師』と呼ばれるセンセが各教科に存在
するから、一般の学校教論のそれとは明
らかに比べものにならないようなカリス
マ性を備えているセンセもいるのだ。

京都駿台のカリスマ講師・表三郎センセ

カリスマ講師

人気のあるセンセはとにかく人の心をつ
かむ技に長けている。ステキな先生もい
たりする。特に女子学生にとっては、ル
ックス良く、教え方良く、芸人級に面白
い予備校のセンセだと、魅惑の3拍子を
兼ね備えた,いわばアイドルなのだ。

ルックス良く、教え方良く、芸人級に面白い。

                          【続く】

 

日本人は英語をしゃべれなくとも、豊かさは回る。

「日本人って、まったく英語しゃべれな
いし、本当に先進国なの?」と言う外国
人がいます。「だいたい、日本に来ても
全く英語通じないし、グローバル化もさ
れていないし、ホントに経済大国なの?

「日本人ってまったく英語しゃべれないし、ほんとうに経済大国なの?」

外国人は来日してすぐ言葉の壁にぶつか
ります。駅員も店員もバスの運転手も英
語が全く通じない。案内板には英語の標
記が少しあるものの、少し複雑な質問を
した途端に、誰もが困惑して固まっちゃ
うんです。

外国人に少し複雑な質問をされると、誰もが困惑して固まっちゃう。

まあ、日本語学者に言わせれば、日本人
が英語を話せないのは、日本が遅れてい
るのではなくて、実は圧倒的な豊かさの
証明なんですよ。かつて世界中の多くの
国々が列強の植民地支配によって母国語
を奪われちゃった。そして生き残るため
に、どうしても支配者の言葉の英語を学
ぶしかなかったという背景があります。

世界中の多くの国々が列強の植民地支配により母国語を奪われちゃった。そして生き残る為に、どうしても支配者の言葉の英語を学ぶしかなかった。

でも島国の日本は他国に支配されること
はなかったし、独自の言葉を守り抜いて
来た。さらに明治時代には、西洋の高度
な学問や概念をすべて日本語に翻訳して
いたのです。日本人は江戸時代の鎖国に
よって、他国の文化に飢えていましたか
らねえ。

福沢諭吉や西周(にしのあまね)らが中心となって西洋の高度の学問や概念を翻訳した。

日本では現在英語を一切使わなくても、
母国語の日本語だけで最先端の医療や物
理学を学び、ノーベル賞すら取れるよう
になったんですよ。世界でも自国だけで
最高峰の教育が完結する国はそんなに多
くありません。

自国だけで最先端の教育が完結する国はそんなのい多くない。

学問を学ぶ為に、わざわざ外国に行く必
要もないし、英語を取得する必要もない
ほど、日本の環境がすでに成熟していた
んですよ。それに日本には1億人を超え
る人口と巨大なマーケットが国内にあり
ますしね。

日本には1億人を超える人口と巨大なマーケットが国内にある。

某K国のようにわざわざ英語圏に頼って
発信しなくても、日本では十分に豊かな
社会が回っているんですよ。

「本を本を出版してみませんか?」という電話がかかって来た!

ある日、電話がかかって来た

先日、まるやまファミリー歯科に1本の
電話がかかって来ました。スタッフが何
やら、こっちを見ながら話しています。
しばらくして、彼女がワタクシのと所に
トコトコやって来ました。

「先生!絵本のディレクターの○○さん
が、先生にお話しがあるそうです。」
「何、ワタクシに?」
電話に出てみると、どうやら「出版社の
方」のようです。

出版社から突然、ワタクシに電話がかかって来た。

先生のブログを読ませて頂きました。先
生は自然科学、医学、文学、歴史、思想
、教育等の分野に幅広く興味を持ってい
らっしゃるとお見受け致しました。かく
あれば、是非ともうちの出版社で先生の
創作活動を本にしてみませんか?という
内容の電話でした。そして40分くらいお
話を訊いて貰えないかと言う。

ワタクシのブログは自然科学、医学、文学、歴史、思想、教育等、広く浅いのが特徴。

ワタクシのブログは、60歳を越したワタ
クシが、通り過ぎた40代の過去の自分に
、このくらいのことは知っておけよ!と
ハッパをかけているようなブログです。
たいしたブログじゃありません。雑学レ
ベルです。

面白いと思って電話をかけて頂き、とて
も有難たかったのですが、自分はまだ本
を出せる様なレベルに達していないと思
い、いろいろ考えた末、お断りしました
。ホントは勇気がないんです。臆病なん
です。ただの雑学ですから。

自分よりも他人のほうが才能を見抜くと
いうのはワタクシの持論です。そうであ
れば、またチャンスを逃してしまったか
もしれないな。

 

60を越したワタクシが通り過ぎた40代の自分にこのくらいの事は知っておけよ!とハッパをかけているようなブログです。

ワタクシ、ブログでは知ったかぶりをし
て書いていますが、たいして知らないん
ですよ。まだまだ思考が浅いんです。専
門家と討論したら、太刀打ちなんかでき
ません。あっという間にノックアウトで
す。

専門家と議論したら太刀打ちなんかできません。あっという間にノックアウトされてしまいます。

実は数年前にも「幻〇舎」という出版社
からブログを本にしませんか?というお
誘いのお電話を頂きましたが、同じよう
な理由でお断りした経歴があります。勇
気がないんです。いやいやワタクシごと
き雑学レベルが本を書いてはいけない。

スタッフのA達さんもK沢さんも「先生、
本を出しましょうよ!」と応援してくれ
るのですが・・・。しかし10年以上書き
続けている3000本を超えたブログ、一
体どう処理したものか?このまま居酒屋
の換気扇の様なところから、何もなかっ
たように消えて行くのか?

スタッフのA達さんもK沢さんも「先生、本を出しましょうよ!」と応援してくれるのですが・・・。

ワタクシのブログも何もなかったように、まるで居酒屋の換気扇のようなところから消えていくのであろうか?

そういえば、8月4日の「ビートルズ関
係」のブログで、アップした午前中だけ
で、まるやまファミリー歯科の公式ホー
ムページの再生数が60回を越しましたが
、コレ、さっきの出版社の方が見てたの
では?と思いました。ビートルズ関係の
ブログだけであんなに再生されるハズな
いもの。

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