2026年 8月 の投稿一覧

驚き自慢・「沈黙した」最強。

「驚きくらべ」

「驚きくらべ」ってのがあります。昔、
何かの飲み会で、議論したことがありま
す。酔っぱらっているので、みんな頭が
おかしい。

酔っぱらっているので皆、頭がおかしい。

あるヤツが言った。「ビックリした」
まあ、これは序の口。幼稚園レベル。次
のヤツが言った。「死ぬかと思った」
まあ、子供がよく使う。これも小学生レ
ベル。

そして、次のヤツが言った。
「(びっくりしすぎて)先祖がよみがえっ
た」。

こういうのをセンスがあるって言うんだ
よなあ。

「(びっくりしすぎて)先祖がよみがえった」

コレ、結構最強だと思ったのですが、実
はもっとスゴイのがあって、その言葉に
は叶わない。その言葉がコレ。
     「沈黙した」。

「沈黙した」

人はホントに驚いた時には、表情が凍り
付いて言葉が出ないのです。

太陽がサッカーボールなら、地球はゴマ粒

太陽の光はすべての生命に命を与える

今日は小学生の高学年向きのブログにな
ってしまいました。
小学生の頃、理科で太陽の直径は地球の
109倍だと習いました。太陽がサッカー
ボール(直径22センチ)だとすると、地球
はゴマ粒(2ミリ)くらいです。

太陽がサッカーボールだとしたら地球はゴマ粒

実際の遠さをサッカーボールとゴマ粒に
合わせて縮めてみると、テニスコートの
ネットを挟み、端から端までの長さ(24
メートル)ほど離れています。コートの
片端にあるゴマ粒が1年の時間をかけて、
コートの反対側にあるサッカーボールを
中心に回るイメージです。

ゴマが24メートル離れているサッカーボールの周りを1年かけて回るイメージ。

そもそも太陽は46億年も昔、宇宙を漂う
ガスやチリから誕生しました。ガスやチ
リが濃く集まる部分は重力が大きいので
、さらにガスやチリを集め、濃くなりま
す。やがて集まりの中心部は強い重力で
ギュウギュウに押さえ付けられ、この力
がある大きさを超すと、光や熱を出し始
めます。こうして生まれたのが太陽。

太陽にも寿命があって、あと50億年以上
は輝き続けると考えられています。人間
に例えたら、今は働き盛りの中年といっ
たところか。

働き盛りの中年のオッサン

太陽の表面温度は約6000度。中心部は
1500万度そんな高温の「エネルギー工
場」から放たれる熱のうち、地球に届
く分はごくわずか。ですが、地球上の
ほぼすべての生命活動を与えられる程
、強力です。

太陽のおかげで、昼と夜が生まれ、植
物や動物が育ちます。地面や海は温め
られて、風が吹き、海水が蒸発して雲
となり、雨が降る。

地面や海は温められて、風が吹き、海水が蒸発して、雲となり、雨が降る。

石炭や石油も大昔、地球上にいた生命
が長い時間をかけて変化したもの。
石炭は古くなった巨大な木が、まだそ
れらを分解する菌類がいなかった頃の
財産です。だから古くなって倒れて、
地殻変動でそのままの姿で埋まった。
それを今掘って使っている。

恐竜の死骸もドロドロになり、原油として、掘られているかもしれません。

石油はその後、植物や動物の死骸を分
解する菌類が生まれて、その死骸がド
ロドロになり、地下に溜まり、地下を
掘るとピッ!と湧き上がってくるヤツ
。その原油をガソリンや灯油、ナフサ
として世界中の皆さんが使っている。

様々に姿を変えた太陽エネルギーを使って、地球上のすべての生物は生きています。

私たちは様々に姿を変えた太陽エネル
ギーを使って、今生きているのです。

サバンナだけが、かつての地球が残っている場所です。

アフリカのサバンナのキリンの群れ

1万年ちょっと前まで、北アメリカにも
猛獣が揃っていました。アメリカライオ
ン、サーベルタイガーが400㌔を超え
、ショートフェイスベアは700㌔を超え
、そこにダイアウルフの群れが加わる。
そしてその全部が消えた。

アメリカライオン・サーベルタイガー

これらの猛獣が全部消えた。

消えたのは猛獣だけじゃない。マンモス
も巨大なナマケモノもだ。キリンやサイ
の立場のヤツラです。今の北アメリカで
クマ以外の陸の猛獣は全部100㌔未満。

今の北アメリカでは熊以外のりくの猛獣は全部100kg未満。

大型動物がどれだけ絶滅したか?オース
トラリアと南北アメリカは人間が入って
来たのが一番遅い。ユーラシアには100
万年以上前から人間がいる。だから中く
らいで済んでいる。で、アフリカが一番
古い。付き合いが長いほど猛獣が生き残
っている。

オーストラリアと南北アメリカは人間が入って来たのが一番遅い。付き合いの短いアメリカライオンやサーベルタイガーなどが絶滅した。

何で長いといいかと言うと、他の大陸に
は人間が完成形で乗り込んで来た。弓も
ヤリもワナも火も持った状態でやって来
た。いきなり最強のがやって来たワケで
す。動物の方は人間なんか見たこともな
い。逃げ方すら知らないワケだ。

アメリカ大陸にはいきなり最強な人間が完成形でやって来た。動物の方は人間なんか見たこともない。逃げ方すら知らない。

アフリカは違う。人間は200万年かけて
少しずつ強くなっていった。動物の方も
それに合わせて用心深くなっていった。

アフリカ人は200万姉かけて少しずつ強くなっていった。動物の方もそれに合わせて用心深くなっていった。

つまり一緒に育ったサバンナが猛獣を生
んだワケじゃない。サバンナだけがかつ
ての地球がかろうじて残っている場所な
んですよ。

サバンナだけが、かつての地球がかろうじて残っている場所です。

ただアフリカも無傷じゃない。東アフリ
カの大型肉食獣は350万年前がピーク。
今残っているのは、その頃の1,5%未満。
ほとんどゼロに近い。体のサイズも狩り
の仕方も昔はもっとバラバラだった。
減り始めた時期はホモ・エレクトスの登
場の時期と重なっている。

350万年くらい前、ホモ・エレクトスの登場で猛獣が減った。

やはり人間がアフリカの猛獣を世界で最
初に減らしたんですよ。

自分が生きて来た世界じゃない、違う世界を見てみたかった

違う世界を見てみたかった

昔むかし、中学の同窓会に行った時、も
うこの世にいないヤツラも、まあまあ
いました。
「確かにアイツは心臓の手術をしてたっ
け?カラダ弱かったからなあ。」
「アイツは不良だったから、何かワケあ
って、この世とバイバイしたのか?」

不良だったヤツらの中には、何かワケがあって、この世とバイバイしたヤツもいた。

と、そんなことを思っていた矢先、ある
友人が話しかけて来た。地元でずっと頑
張って来たヤツだ。「何か、お前、違う
景色を見ている様に感じるんだよな。別
にどっちが上か、そういう話じゃないん
だけどね。オレが知らないモノを、お前
いっぱい知ってるんだろうな。」ってね。

「何か、お前、違う景色を見ている様に感じるんだよな。」

で、言ってやった。「オレも地元に残っ
ていたら幸せだったかもと思うことある
よ。地元の友達とずっと付き合って、家
族作って、そしたら親も喜ぶしさ、そう
いう人生も良かったと思う。ただあの頃
のオレは幸せになりたいというよりも、
自分が生きているこの世界がどれくらい
広いのか知りたかったんだと思う。だか
ら知らない場所に行ってみたかった。

「自分の生きているこの世界が、どれだけ広いのか知りたかったんだと思う。」

オレも10代、20代の頃、広島、名古屋、
京都、札幌という実家のあるの地元より
もはるかにデカい街で暮らしてみたけど
、一番良かったコトってさ、勉強したこ
とよりも、いろんな人に出会えたコト、
いろんな考え方があるというコトに気ず
いたコトなんだよ。街は何も教えてくれ
ないけれど、そこに集まって来た連中か
らいろんなコトを学んだ。自分とは全然
違う考え方の人がフツーにいる。育った
場所も、価値観も、目指しているものも
全然違うんだってね。

「一番良かったコトってさ、勉強したことよりも、いろんな人に出会えたこと、いろんな考え方があるということに気ずいたことなんだよ。」

最初はどっちが正しいんだろうと思って
いたんだけど、途中で気ずいたんだ。別
に他人が自分と違う道を歩いているから
って、自分の道が間違っているワケじゃ
ないんだってね。だから少々遅れたって
構わない。遅れた分だけ長生きすれば
イイんだ。必ず挽回デキる。そもそもみ
んな目指している場所が違うんだからさ

「少々遅れたって構わない。遅れた分だけ長生きすればいいんだ。必ず挽回デキる。」

だから、子供に対して自分が舵を取ろう
なんて気負わなくてもいいよ。ワカラナ
イことはワカラナイって言ってやればい
いんだ。ちょうど選択肢を見せて、一緒
に考えるくらいでね。

ちょうど選択肢を見せて、一緒に考えるくらいが丁度いい。

昔、予備校に行ってた時、そこのセンセ
がこんな事を言っていた。
「親の仕事は地図を増やすことなんだよ
。人生の地図をね。運転することじゃな
い。(ちなみにうちでは地図を売ってま
すけどね)」

「親の仕事は地図を増やすことなんだよ。人生の地図をね。運転することじゃない。」

あの言葉は今でも時々思い出す。ワタク
シは自分が知らないものを知らないまま
否定するのはやめようと思った。いつか
子供が「この道を行きたい!」と言った
時、その道を否定せずに、一緒に調べら
れる親でいたい。

いつか、子供が「この道を行きたい。」と言った時、その道を否定せず、一緒に調べられる親でいたい。

子供が見たい!と思った世界を、最初か
ら閉ざさない為にね。否定したら、オレ
の言葉は「世界を静かに閉じる言葉」に
なってしまう。世界は自分の知らない場
所にも続いているんですよ。それは子供
たちが教えてくれる。

子供が見たい!と思った世界を否定したら、オレの言葉は「世界を静香に閉じる言葉」になってしまう。世界は自分の知らない場所にも続いているんです。

      おしまい

 

 

②物語・アメリカHB大学講義「日本は考える。ああ、これはどこかで見たパターンだな!」(後半)

 

「ああ、これはどこかで見たパターンだな!」

    【続きです】

戦後の復興、災害からの復旧、経済危機
からの脱却、日本は危機対応を何十回と
繰り返す中で、そのプロセスを自動化し
ちゃった。マニュアルが不要な程に。多
くの国で起こることは、失敗が起きると
責任のなすりあいが始まり、それが終わ
ると政治的混乱が起き、混乱が収まると
ようやく対策が出て、実行はさらに遅れ
る。

戦後からの復興、災害からの復旧、経済危機からの脱却、日本は危機対応を何十回と繰り返すうちに、そのプロセスを完全に自動化しちゃった。

それに対して日本の危機対応サイクルは
失敗が起きると、即座に分析が始まり、
分析と同時に制度修正が進み、制度修正
と同時に再始動が行われます。途中で止
まる期間がありません。このサイクルが
自動化されているということは、考える
必要がないということです。危機が来れ
ば、カラダが勝ってに動く。まるで呼吸
をするかのように。

日本は危機が起こると、即座に分析が始まり、分析と同時に制度修正が進み、制度修正と同時に再始動が行われます。

日本人は危機を恐れるのではなくて行動
に出るのです。他の国は危機が起こると
凍りつきます。どうすればいいか分から
ず、立ち止まってしまう。日本は危機が
来るとむしろ加速します。何をすべきか
既に知っているからです。

 他の国は危機が起こると凍りつく

リーマンショックのような金融危機も、
半導体危機、新型コロナウイルスによる
供給網の崩壊(ワクチン不足)、日本が対
応した速度を見てください。金融危機の
時、他の国は救済策でギロンするのに数
か月を費やしました。日本は1週間で対
策を打ち出し、実行に移した。新型コロ
ナウイルスの時、他の国がロックダウン
の是非で争っている間に、日本は既に独
自の対策システムを稼働させていました

新型コロナウイルスの時も、他の国がロックダウンの是非で争っている間に、日本は独自の対策システムを稼働させていました。

これが可能だった理由はただ1つ、「練習
じゃなくて、実践を戦い続けて来たから
」です。日本はホントの危機の中でホン
トの対策をしながら学んで来たのです。
人々が命を落とし、経済が崩壊し、国が
揺らぐ状況の中で学んだのです。日本の
大学受験生がほぼ全員やっていた、旺文
社の受験参考書「傾向と対策」みたいな
もんです。

昔受験生の時、お世話になりました。旺文社の「傾向と対策」

だから21世紀に新たな危機が訪れた時、
日本だけがあわてなかったのです。
「ああ、これはどこかで見たパターンだ
な!」そんな反応でした。

物理の「傾向と対策」(旺文社)。「これはどこかで見たパターンだな!」

まあ、偏差値の高い高校生が難問の数学
の問題を解く時の思考の過程と同じよう
な経路です。

      おしまい

②物語・アメリカHB大学講義「日本は考えた。ああ、これはどこかで見たパターンだ!」(前半)

アメリカHB大学の「国際政治学と安全保障戦略」の講義

今日の話はアメリカHB大学の「国際政
治学と安全保障戦略」の講義です。
物語なのでこう言う考え方もあるんだな
と思って聞いて下さい。今、ロシア・ウ
クライナ戦争、イラン戦争が世界で起こ
っていますので、いろいろ考えさせられ
ます。
   では始めます。GO!

アメリカのHB大学

オイルショック、バブルの崩壊、金融危
機、日本は回復速度が以上に速かった。
でもそれはそんなに重要じゃないんです
。「日本は戻らない」「次に進む」フツー
国は経済危機が起きれば、国際的な支援
を受けます。そしてゆっくりゆっくり元
の状態に戻ろうと努力します。10年、20
年かかります。それがフツー。

オイルショックで日本は立ち直りが早かった。

でも日本は違いました。日本に金融危機
が起きた時、海外の専門家の予測は、回
復するのに最低15年かかる。以前の水準
への回復は不可能かもしれない。これは
誰もが納得する合理的な予測。ところが
日本はわずか数年で聞きを乗り越えた。
それどころか、まったく違う産業構造に
再編されていました。

拓銀が破綻するなどバブルの崩壊が起こり、回復するのに最低15年かかると言われたが、日本はわずか数年で乗り切った。

半導体、素材、ロボット、精密機械、危
機以前は一流だった産業が危機後には世
界最高水準になっていたんですよ。それ
は政府主導の産業政策のおかげ?半分だ
け正解。政府の政策は方向を示していた
だけです。ホントにすさまじかったのは
現場の力でした。

半導体、バッテリー、ロボット、素材など危機以前は一流だった産業が、危機後には世界最高水準になっていた。

災害が起こる度に日本人が見せる規律と
協調性を思い出してみれば、略奪、暴動
も起きず、人々は静かに列をなし、助け
合います。他の国なら暴動が起こってい
たでしょう。政府不信、社会混乱、長期
停滞、それが世界の正常な反応です。

災害や経済危機・金融危機が起きれば、他の国ならば略奪・暴動が起こります。政府不信・社会混乱・長期停滞、それらが世界の正常な反応なのです。

日本は正反対に動きました。危機で国全
体のプロジェクトに変えちゃった。そこ
には傍観者も観察者もいません。全員が
当事者でした。日本が示したのは愛国心
というよりも運営能力でした。

日本は正反対に動いた。写真は田中角栄首相。

危機発生➡原因究明➡責任者追求➡対策
立案➡そして実行。ここまでフツー
3~5年かかります。日本はこれらを同
時に行いました。原因を究明しながら対
策を作り、対策を作りながらすでに実行
していたのです。まあ、直列じゃなくて
並列。日本の受験生なら誰もが知ってい
る旺文社の「傾向と対策」。

旺文社の「傾向と対策」。昔、お世話になりました。

何度も経験済みだからこんなことがデキ
ルのです。

       【続く】

教会風ステンドグラス照明を買ってみた!

クリスマスまでまだ時がありますが、メ
ルカリを見ていたら、面白そうなステン
ドグラス照明があったので、それを譲っ
て貰いました。届いたのは教会風ステン
ドグラス照明。

 

うちのスタッフと、コレはプロが作った
作品に違いない。いやいや、この鉛のラ
インが不揃いなので素人によるものだと
か好きなことを言い合った。そしてこれ
を手に入れた時のストーリーやワタクシ
の持つ自論、そしてその後の展開につい
てトクトクと述べた。

気の毒に、ワタクシの自論を聞かされるスタッフ。

きっとワタクシのことを面倒くさい先生
だと思っているハズだ。自分がスタッフ
だったらそう思う。ブログを書いている
と、知識ばかり増えてしまう。それを吐
き出すと、頭ん中に定着するんですよ。
それを聞かされているスタッフは気の毒
ではある。

何はともあれ、今年のクリスマスシーズ
ンは新たに教会風ステンドグラス照明が
増えます。

ショーウインドーから見たらこんな感じ

照明を入れるとぐ~んとクリスマスっぽ
くなります。とりあえずしばらくの間は
ショーウィンドウに飾っておこう。
夕方~深夜にかけて明るく照らされた教
会風ステンドグラス照明を楽しめます。

ショーウインドーから引っ込めることにした、お城風ステンドグラス照明

いままではお城風ステンドグラス照明が
ショーウインドウの主役でした。これも
半年くらい前にメルカリで買ったヤツ。
ショーウインドーから引っ込めることに
しました。お役目御免です。

照明を抜いたらこんな感じ

診療室の中にも正真正銘のステンドグラ
ス照明があります。きっとワタクシはス
テンドグラスのある生活に憧れているの
だ。

診療室にあるステンドグラス風照明

①物語・アメリカHB大学講義「日本の持つ記憶という武器」(後半)

 

     【続きです】

多くの国々は独立後も宗主国の言語を使
い、政治システムに倣い、経済的に従属
しました。ところが日本は全く違った自
分たちのシステムを作り上げ、自らの言
葉で教育し、経済的に自立しました。こ
れは偶然じゃなくて、構造的な問題です

多くの国々は独立後も宗主国の言語を使い、政治システムに倣い、経済的に従属しました。だが日本は違った。

日本人は危機に直面する度に学んで来た
のです。どうすれば生き残れるのか?ど
うすれば侵略者を疲れさせることができ
るか?どうすれば再び立ち上がれるのか
?そしてその学びがシステムになったの
です。危機が来れば自動的に作動するシ
ステム。

どうすれば生き残れるのか?どうすれば侵略者を疲れさせることができるのか?どうすれば再び立ち上がれるのか?

戦争が来れば制度が変わりました。災害
が来ればソシキが強化されました。失敗
すれば学習し、その学習は次の危機の際
に自動的に発動されました。これは防御
ではありません。進化です。

日本は戦争が来れば、制度が変わった。災害が来れば、ソシキが強化された。失敗すれば、学習した。進化です。

ではなぜ他の国はそうならなかったのか
?他の国も侵略された。戦争を経験した
。しかしその多くは崩壊するか、吸収さ
れた。なぜか・危機に対する姿勢にあり
ます。多くの国々は危機を「耐え忍ぼう
としました。原状回復が目標だったので
す。

多くの国々は危機を「耐え忍ぼう」とした。原状回復が目標だったからです。

日本は全く違いました。「危機を燃料と
して使った」のです。侵略の危機、敗戦
、占領、経済危機、日本はその先に制度
改革、産業化、民主化、技術発展、経済
跳躍の方向に進化したんですよ。

日本は危機を「燃料」として使った。

国家は1つの危機を経験すれば、回復に
数十年かかります。日本は止まらなかっ
た。むしろ加速した。なぜか?選択肢が
なかったからです。止まれば死ぬという
ことを骨の髄まで知っていたのです。だ
から危機を避けませんでした。正面から
突破した。これこそが日本の持つホント
の武器。

日本は止まらなかった。むしろ加速した。危機を避けずに正面から突破した。

技術でも資源でも軍事力でもない。
「記憶」です。日本人は敗戦の記憶を忘
れませんでした。崩れた記憶、立ち上が
った記憶、また崩れた記憶、そして再び
立ち上がった記憶、これらの記憶が積み
重なり、文化となり、制度となり、国家
運営のシステムとなったのです。

日本の武器は技術でもない。資源でもない。軍事力でもない。「記憶」です。

だから21世紀、ホルムズ海峡危機が来た
って、日本は決して慌てませんでした。
すでに何度も経験したことですから。金
融危機が起こった時、他の国はパニック
に陥りましたが、日本は既に対応マニュ
アルを作動させていました。

日本はホルムズ海峡危機にも、対応マニュアルを作動させた。

外交的孤立が訪れた時、他の国は混乱し
ましたが、日本は慣れたように対応しま
した。供給網が崩壊する危機が来た時も
同様でした。

外交的孤立に対しても、日本は慣れたように対応した。すでに動き始めていたのです。

他の国が右往左往する中、日本は既に動
き始めていたのです。特別なマニュアル
は必要ありませんでした。カラダが覚え
ていたのです。危機を経験した後、2つ
の選択肢があります。「元に戻る」か
「違う段階に進む」か。多くの国は前者
を選びます。日本は後者を選んだのです
よ。

日本は「進化」を選んだ。

      おしまい

「帰宅部」が運動会のクラブ対抗リレーで優勝した!

クラブ対抗リレーに初めて参加した帰宅部

どこの学校にも運動会がありますが、そ
の目玉にクラブ対抗リレーというのがあ
って、まあフツーは陸上部、野球部、サ
ッカー部、バスケット部、テニス部など
の運動系が出場し、場を盛り上げてくれ
ます。これは鳥取県立境高校の運動会の
お話です。

野球部

サッカー部

その年は珍しく、ある部がリレーにエン
トリーしました。その名は帰宅部。彼ら
は放課後、授業が終わるとダッシュして
塾や予備校、図書館に向かいます。

帰宅部のユニフォームは白いカッターシ
ャツに黒いズボン。すぐ帰宅できるよう
にです。そしてみんなメガネをかけ、両
手には勉強道具。食べる、風呂、寝る以
外は常に勉強する。もちろんトイレにい
る時も受験参考書は欠かせない。

何かこれ、どこかで聞いたセリフ。そう
だ、あれは確か30~40年前、京都の烏丸
今出川下ルに近畿予備校という伝説の予
備校ががあって、当時1300人の定員中、
京大、国公立大学医学部に400名合格者
を叩き出すというスゲ~予備校でした。
建物はオンボロでしたが。何でこんな
に合格者を輩出するかというと、受かる
まで何度でも挑戦し続けるから。もう、
ここまで来るとお家芸。そこでは起きて
いる時間はすべて勉強時間に充てる。
帰宅部にその真髄を見た。

京都烏丸今出川下ルにあった近畿予備校

そこのセンセが言ってたよ。
「人生は学問、芸術、自然、そして涙」
(2022、9.13、14の当歯科ブログ)
スミマセン、脱線しました。

応援する時も片時も勉強道具は離さない帰宅部

ヨーイ、ドン!でリレーが始まる。今年
も陸上部が優勝候補。お家芸ですからね
え。次にサッカー部が続く。野球部は短
距離のベースランニングは得意だが、長
くなると疲れて来る。

まず、バスケ部が転倒した。優勝争いか
ら脱落。リレー後半、帰宅部が追い上げ
て来た。サッカー部を抜き、野球部を抜
き、陸上部との一騎打ち。

帰宅部が野球部を抜く

帰宅部2位浮上

熱が入る帰宅部応援団

そして最後の最後に陸上部をかわして、
帰宅部、まさかまさかの優勝!大いに盛
り上がった。

帰宅部、陸上部をかわして、まさかの優勝

表彰しようとしたら、あれ?帰宅部、ど
こ行った?

帰宅部応援団も動き出した!

塾に間に合わないというので、そのまま
ダッシュしていなくなってしまったので
ある。リレーの優勝よりも塾優先。

早く帰りたい帰宅部。塾に間に合わない
!いつも放課後、授業が終わるとすぐ、
いい席を取るためにダッシュして帰るん
です。負けるな、帰宅部!

      おしまい

 

①物語・アメリカHB大学講義「日本の持つ記憶という武器」(前半)

今日のブログは「国際政治学と安全保障
戦略」を研究している、アメリカHB大
学のある教授の講義の物語です。物語な
ので真実かどうかはわかりません。こう
いう話もある、と軽い気持ちで読んで下
さい。では始めます。GO!

私は東アジアの地図を見せました。日本
の北には大陸、南には広大な海、歴史的
にこの位置は災いでした。大陸勢力が海
に出ようとすれば、日本列島が邪魔にな
る。海洋勢力が大陸に進もうとすれば、
日本列島を踏み台にしたがる。

日本の北には大陸、南には広大な海。歴史的にこの位置は災いでした。

C国、モンゴル、ロシア、これらの国に
とって日本はジャマ。日本なんか小さく
て、持ちこたえるのは難しい。すぐに崩
れるだろう、と侵略者たちは毎回こう計
算しました。軍事力の差は圧倒的に侵略
者の方が上でしたからねえ。

「日本なんか小さくて、持ちこたえるのは難しい。すぐに崩れるだろう。」

でも侵略はスベテ失敗。13世紀、ユーラ
シア大陸を吞み込んだモンゴル帝国、そ
の巨大な艦隊は二度にわたり日本に襲い
かかりましたが、「神風」により海に沈
んだ。19世紀、欧米列強の黒船が来航し
たとき、他のアジア諸国は次々と植民地
になりましたが、日本はどうかと言うと
、明治維新というたぐい稀な自己改革を
成し遂げ、欧米の侵略を許さなかったん
ですよ。

モンゴル帝国襲来。「神風」により海に沈む。

欧米の計算上はとっくに終わっているは
ずなのに、現実には阻まれ続けたのです
。だからいつも同じ結論を出した「今回
は例外だった」と。モンゴル襲来。二度
にわたる侵略の撃退。19世紀、黒船来
航。

日英同盟により、ロシアはイギリスに意地悪され、極悪な軽油しか手に入らず、黒い煙を出しながら、ヘトヘトになって地球を半周して、やっとの思いでアジアにやって来たら、元気な日本軍にボゴボゴにやられちゃった。

ロシアは船の長旅に疲れちゃった。

植民地化を回避し、近代化を達成した。
20世紀、第二次世界大戦で敗戦。しかし
わずか数十年で世界第2位の経済大国へ
復興。侵略者たちは勝ったと錯覚しまし
たが、結局は誰もこの国を完全に支配で
きませんでした。

アメリカ海軍・日本は敗戦

なぜ日本は常に過小評価された状態で戦
って来たのでしょうか?答えは簡単で過
小評価されること自体が生存戦略だった
から。侵略者たちは常に短期決戦を期待
しました。だから長期戦の準備を怠りま
した。日本人はまさにその隙間を突いた

過小評価されることが、日本の生存戦略。

時間を稼げば稼ぐほど侵略者の補給線は
伸び、占領地は広がっても統治力は弱ま
り、本国では戦争による疲労が溜まって
いく。日本人はまさにその瞬間を待って
いたのです。そして、その時が来れば反
撃しました。

第二次世界大戦の時の敗戦による占領
(7年間)は結果を見てみれば、占領が終わ
った時も日本は消えていませんでした。
言葉も文化もアイデンティティもそのま
ま残っていたんですよ。それどころか独
立を回復した直後から、爆発的な復興を
し始め、わずか1世代で先進国の仲間入
りを果たしたのです。

日本は独立を回復した直後から、爆発的な復興をし始め、わずか一世代で先進国の仲間入りを果たした。

       【続く】

 

 

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