
違う世界を見てみたかった
昔むかし、中学の同窓会に行った時、も
うこの世にいないヤツラも、まあまあ
いました。
「確かにアイツは心臓の手術をしてたっ
け?カラダ弱かったからなあ。」
「アイツは不良だったから、何かワケあ
って、この世とバイバイしたのか?」

不良だったヤツらの中には、何かワケがあって、この世とバイバイしたヤツもいた。
と、そんなことを思っていた矢先、ある
友人が話しかけて来た。地元でずっと頑
張って来たヤツだ。「何か、お前、違う
景色を見ている様に感じるんだよな。別
にどっちが上か、そういう話じゃないん
だけどね。オレが知らないモノを、お前
いっぱい知ってるんだろうな。」ってね。

「何か、お前、違う景色を見ている様に感じるんだよな。」
で、言ってやった。「オレも地元に残っ
ていたら幸せだったかもと思うことある
よ。地元の友達とずっと付き合って、家
族作って、そしたら親も喜ぶしさ、そう
いう人生も良かったと思う。ただあの頃
のオレは幸せになりたいというよりも、
自分が生きているこの世界がどれくらい
広いのか知りたかったんだと思う。だか
ら知らない場所に行ってみたかった。

「自分の生きているこの世界が、どれだけ広いのか知りたかったんだと思う。」
オレも10代、20代の頃、広島、名古屋、
京都、札幌という実家のあるの地元より
もはるかにデカい街で暮らしてみたけど
、一番良かったコトってさ、勉強したこ
とよりも、いろんな人に出会えたコト、
いろんな考え方があるというコトに気ず
いたコトなんだよ。街は何も教えてくれ
ないけれど、そこに集まって来た連中か
らいろんなコトを学んだ。自分とは全然
違う考え方の人がフツーにいる。育った
場所も、価値観も、目指しているものも
全然違うんだってね。

「一番良かったコトってさ、勉強したことよりも、いろんな人に出会えたこと、いろんな考え方があるということに気ずいたことなんだよ。」
最初はどっちが正しいんだろうと思って
いたんだけど、途中で気ずいたんだ。別
に他人が自分と違う道を歩いているから
って、自分の道が間違っているワケじゃ
ないんだってね。だから少々遅れたって
構わない。遅れた分だけ長生きすれば
イイんだ。必ず挽回デキる。そもそもみ
んな目指している場所が違うんだからさ
。

「少々遅れたって構わない。遅れた分だけ長生きすればいいんだ。必ず挽回デキる。」
だから、子供に対して自分が舵を取ろう
なんて気負わなくてもいいよ。ワカラナ
イことはワカラナイって言ってやればい
いんだ。ちょうど選択肢を見せて、一緒
に考えるくらいでね。

ちょうど選択肢を見せて、一緒に考えるくらいが丁度いい。
昔、予備校に行ってた時、そこのセンセ
がこんな事を言っていた。
「親の仕事は地図を増やすことなんだよ
。人生の地図をね。運転することじゃな
い。(ちなみにうちでは地図を売ってま
すけどね)」

「親の仕事は地図を増やすことなんだよ。人生の地図をね。運転することじゃない。」
あの言葉は今でも時々思い出す。ワタク
シは自分が知らないものを知らないまま
否定するのはやめようと思った。いつか
子供が「この道を行きたい!」と言った
時、その道を否定せずに、一緒に調べら
れる親でいたい。

いつか、子供が「この道を行きたい。」と言った時、その道を否定せず、一緒に調べられる親でいたい。
子供が見たい!と思った世界を、最初か
ら閉ざさない為にね。否定したら、オレ
の言葉は「世界を静かに閉じる言葉」に
なってしまう。世界は自分の知らない場
所にも続いているんですよ。それは子供
たちが教えてくれる。

子供が見たい!と思った世界を否定したら、オレの言葉は「世界を静香に閉じる言葉」になってしまう。世界は自分の知らない場所にも続いているんです。
おしまい
最近のコメント