2023年 3月 の投稿一覧

「てんかん」は、脳の活性化が上がってワァーッとなっちゃう。

 

滅多にないことですが、患者さんで
意識を失う方がいます。

以前、「先生、私たまに意識を失うこと
があるんです。でも気にしないで下さい。
10秒~数分で戻りますから」と言われた
ことがあります。

ある日ブラッシング指導をしていた時、
急にその方、反応がなくなって、眠った
ようになった。

そして約十秒後、「先生、すいませんで
した、今気を失っていました」と、他人
事のように。

最初の頃は驚きました。

音もなくやってくる。
コレ、「てんかん」です。
昔からあります。

ソクラテスもそうでした。

プラトンの「シンポジオン(饗宴)」の
中に書いてあるのですが、ソクラテスが
階段を上がりかけて途中で急に立ち止ま
ったり、道を歩いている時、突然パッと
止まってしまう。

ソクラテスは時々、小発作を起こしてい
たらしいのデス。

「てんかん」の小発作というのは、その
瞬間に頭の中が空白になる。

それですぐ治まるんですけど、何かある
んですね。
きっと頭の中で何かが起こっている。

幻覚があったり、幻聴があったり、人に
よって違うと思うけど。

イシキがなくなっちゃいますから大変
です。

まぁ最近はギリシア時代とは違って、
いいクスリがありますから、ほとんど
問題ありません。

「てんかん」はどうも脳の活性化が上が
って、ワァーッとなっちゃう。

そうすると脳全体がケイレンするので、
結局統制とれなくなってバッタリいって
脳のブレーカーが落ちる。

しばらくすると勝手にブレーカーが
上がる。

「聖書」の場面がありありと見えるとか
、「聖書」の言葉が聞こえてくるとか昔
の本によく出てくるけど、まぁアレ、信
心深い人に多いんでしょうけど、ああい
う凡人にない才能って、てんかん気質と
結びついているんじゃないかな。

「我輩はまるである」

養老家の飼いネコ「まる」が数年前
に亡くなりました。
亡くなるチョット前頃から、ずいぶん
元気がなくなった。

18才ですからね。人間の年齢なら90才。

寝ていることが多くなり、変な鳴き声を
出すようになり、食欲もなくなった。

老衰。

そして、とうとう、姿を見せなくなった。

ネコは亡くなる前に姿を消すといいます。

飼い主に死んでいる姿を見せたくないと
いう理由もありますが、ネコをこよなく
愛する友人によれば、実際、弱っている
時は人のいない所でじっと回復を待つと
いうネコの習性らしい。

元気になればどこからともなく現れる。
そして、回復しなければそのまま死を
選ぶ。というか、眠ったまま永遠に目が
覚めない。

養老先生、心配して探し回ってやっと
見つけた。

「ネコは死ぬ時はひとりで消える。どう
もそれをジャマしたような気がする。」
と言っておられた。

そのうち先生には、まるの供養のために
も、まるの目線で世の中のことをアレコ
レ書いてほしい。

表題はもちろん、「我輩はまるである」。

『いちご白書』をもう一度、を見た(後編)

ユーミンの『いちご白書』をもう一度

     【続きです】

ワタクシは予備校にいた頃から髪を
伸ばしていましたが、大学へ入った後も
そのまま、髪と無精ヒゲを伸ばした。

しかし、時は進み、学生運動は世の中
から消え失せ、すぐそこに、バブルの
足音が忍び足で近ずいていました。

周りには誰一人ワタクシのような
風貌の持ち主はいませんでした。
いや、待てよ、数人いたか?
H大応援団の連中。

そういう訳だから大学に入った頃、
周りから、『オガワはいちご白書から
出てきたような変ったヤツだ!』
と言われていた。

確かに当時のワタクシは、70年代風の
カビ臭い古びたアパートに住んでいたし
そこに住むのにふさわしい風貌をしていた
。実家に帰った時、親・兄弟、隣人から
『どなたですか?』と訊かれた。

H大応援団

『いちご白書』をもう一度、に有名な
『就職が決まって髪を切る』と言う
フレーズがありますが、ワタクシも
大学教養時代、学部移行する時に
髪を切った。

教養課程までは髪を伸ばすのを許され
ましたが、さすがに学部移行になると
患者さんに対面する為、病院長から
『先生らしい恰好をするように』と
通達があった。

それにしても、この歌にあるような
青春時代を過ごした若者は同世代でも
一握りじゃないかな?
都会で学生をやっていた人たちだけだ。
日本で学生運動は一つの時代ですな。

『いちご白書をもう一度』はお兄さん、
お姉さん世代の人たちが学生運動を
やっていた頃の曲。

この曲はユーミンが仕事上の先輩の
体験談にもとずいて作った。こういう
歌も作れば『恋人がサンタクロース』
『中央フリーウェイ』など、雰囲気の
全く違う曲も作る。

ユーミンは時代を切り取るのがウマい。
音楽はやはり、メッセージが大切です
かね?ダンスやメロディーだけの音楽
じゃあ聴いた後何も残らんなあ。

もう若くないからそう思うのか。

 

『いちご白書』をもう一度、を見た(前編)

東大安田講堂(学生運動)

『いちご白書』をもう一度、は荒井由実
(ユーミン、松任谷由実)が、21歳の頃、
作詞・作曲し、歌手バンバンが歌った。

先日、その曲を作ったユーミン自身が
歌っているyoutubeを見ました。

ワタクシには年の離れた姉ちゃんが
いて、よくユーミンを聴いていた。
ワタクシ、姉ちゃんを通して70年代の
学生運動を知りました。

ヘルメットかぶってゲバ棒持って学生が
暴れていた。
東大安田講堂に革マル派が立てこもり
警官とやり合っていた。日本の学生に
一番パワーのあった時代でした。

昔、お世話になった京都S台予備校の
英語講師に、過去、ゲバ棒を持って
実行委員長をやりながら闘っていた人
がいた。O先生だ。就職できないので
とりあえず、予備校講師になった。

O先生、『とにかく本を読みなさい!』
その英語講師から、世の中にはいろんな
考え方があるんだという事を教わった。

学生デモ

70年代、広島の片田舎に住んでいた
ワタクシにとって、遠く離れた東京や
大阪から聴こえてくるラジオの深夜
放送が大事な娯楽だった。

中学生の頃、よく聴いていましたが、
あたかも大学へかよっているような
錯覚を覚えた。

高校生の頃、昼休みの弁当中、
放送部に変わったヤツがいて、
それが勝手に曲を替えるのだ。

クラシックの曲を、バンバンの
『いちご白書』をもう一度、に切り
替えて流したら、『コラッ!』と担任
の先生に思いっきり殴られた。

みんなに『こんな曲があるんだぜ!』
と聴いて欲しかったのだろう。
勇気のあるヤツだ。

まあ、そういう時代でした。そして、
そのイメージを抱いたまま、
ワタクシは大学に入った。

     【続く】

 

ケシの花がモルヒネの材料になる

植物が作る窒素を含んだ有機化合物

歯医者でたまにクスリを使います。
ケド、毒とクスリは表裏一体。

自然の植物には毒がいっぱいあります。
人類の歴史を遡ると、植物が作り出す
有機化合物を利用して毒をクスリに
変えた例が多いんです。

例えば,
分子量の大きいのを、ヒトが1から合成
しようとするとまだまだ時間がかかる。
その点、植物は自分を守るために
有機化合物をつくります。

まあ、分子量で言えば、1000以下。
その多くは窒素原子を含むアルカロイド

で、人類はそのアルカロイドをいろんな
形で利用して来ました。医療にも。

例えばケシ花のアルカロイド。コレ、
痛みを抑える作用があるので、鎮痛剤の
主成分として使われてきました。
モルヒネです。

でも、その反面、この有機化合物は
脳に快感をもたらす為、ヘロイン
などの麻薬の原料になるんです。

植物側から見れば、自分たちの毒を
人間たちに栽培させているのだ。
これも植物の生存戦略の1つなのか
なあと思ふ。

ABBAは忘れられていなかった。

スウェーデン最大の輸出品,ABBA(アバ)

1970~80年代前半、ボクはABBA
(アバ)のファンじゃなかった。
ABBAはスウェーデン最大の輸出品。

アバが大ヒットしていた頃、核兵器を
大量に保有する米ソが対立していた。
まあ、いわゆる冷戦。

70年代は石油危機で世界は悪質な
インフレ。ロシア軍がウクライナに
侵攻、核による威嚇が当たり前になった
現在と、アバがヒット曲を連発した時代
は何か似ている。

ボクは一般的な音楽ファンとして
ビートルズの本をたくさん読んだ。
どのようにしてその曲が作られたか
という、バックグランドストーリー
が大好きだからだ。

どんなグループでも必ず終わりが来る。
ミュージシャンの終わり方って
考えてみると、2パターンあって
ひとつは、時代の流れに取り残されて
しまうパターン。もう一つは内部崩壊。
ビートルズは後者。

頂点を極めたアバにも終焉が来た。

アバは2組の夫婦ユニット。絶頂期、
ツアーや音楽活動を優先させたい旦那。
子供との時間を増やしたい妻。

二人のすれ違い➡修復不能➡離婚へ

音楽としての完成度は高いものの、
新世代が台頭してくると、ABBA
の音楽は古臭く感じてくる。

関係者もファンも
『ABBAは終わった!』
と感じ始めた。

エネルギーを使い果たしたアーティスト
は、最期の気力を振り絞って、ファンに
別れを告げるサヨナラソングを作る。

アバは終わった。
彼らは歌と共に人々から忘れられた存在
になった。・・・かに見えた。

みんながABBAのことを忘れかけた頃、
それが何だか忘れましたが、ある事が
きっかけになり、『ABBAゴールド』
というアルバムが出ました。

ABBAゴールド

これが空前の大ヒット。世界中で
3000万枚を超える大セールス。
解散後のアルバムが一番売れた。
アバは死んではいなかったノダ。
世界中の人々の心の中に、脈々と
生き続けていた。

政治臭の全くないアバのサウンドが
心地よく聞こえたのかもしれない。
アバの音楽は時代を超えて生き
残ったのだ。

まるやまファミリー歯科では時々,
BGMで『ABBAゴールド』が
かかっています。

 

「ウサギとカメ」を読んだウサギの母子が、カメに挑戦した。

 

どういうワケか、カメよりもウサギが
好きな親がたくさんいます。

そういう親に、絵本作家のあきびんごさ
んが「ウサギとカメ」の話をすると、
「それはウサギが油断して昼寝したから
だ。昼寝しなければウサギの方が勝った
」と言うようです。

ウサギも人気があるんですね。

でも、「昼寝のようなうっかりミスさえ
なければ・・・」と言いますが、ウサギ
の昼寝はうっかりミスではなくて、疲れ
果てて寝てしまったのだということに気
づいていないのデス。

このイソップの話を読んだウサギの親子
が、カメに挑戦することになりました。

「いいかい、坊や。油断して昼寝なんか
するんじゃないよ」「うん、わかった。
ボクは絶対に油断なんかしないから」

ヨーイ・ドンで子ウサギは飛び出します。
ぐんぐんカメを引き離しました。

このままいけば、昼寝さえしなければ
大丈夫です。

ところが、どうしたことか、子ウサギは
またまた山のふもとで昼寝してしまった
のです。

母ウサギはびっくり。

そしてカメは前と同じように、勝ちまし
た。

レースが終わって母ウサギはあきれて、
子ウサギにこう言いました。

「どうして昼寝したの?あれほど言った
のに。走り続けさえすれば勝ったでしょ
う。だいたい、あなたの方が力が上なん
だから」

すると子ウサギはこう言い返しました。

「走ってみてわかったんだよ。母さん!
カメの方がボクよりもずっと力が上で、
かないっこないって。ママは走り続けさ
えすればって言うけれど、ボクは途中で
ガソリンが切れたんだ。その時初めてわ
かったんだ。ゆっくりでも走り続けられ
るっていう能力のすごさを。ボクのジャ
ンプ力やスピードはそれに比べればたい
したことないんだ」

やはり、早くできるかどうかより、毎日
コツコツとやることが大事なようデス。

鼻の粘液は最強のエアコン

快適なエアコン

冬になると、鼻がよく詰まりがちです。
詰まるには理由があって、まあ、大雑把
に言うと、こんな感じです。

鼻の中には粘膜で覆われた鼻甲介という
空気の通る部屋があって、冷たい空気が
入ってくると毛細血管のたくさん走って
いる鼻甲介が
『ヤバイ!冷たいのが来たぞ!このまま
冷たい空気を肺に送るわけには
いかない。温たためなければ!』と
膨張して空気を温めてくれるんです。

それが肺の中に送られる。
寒いと鼻の中の空気の通る部屋が狭く
なるので鼻が詰まるんです。

耳鼻咽喉科の先生が聞くと???
かもしれませんが、まあ専門外の
歯医者のたわごとだから、話半分にして
聞いてください。

鼻から冷たい空気が入る

人間はヒフで覆われている部分と粘膜で
覆われている部分に分かれていて、
粘膜で覆われている所にヌルヌル、
ネバネバした粘液が表面を覆って
います。

例えば口の中なら唾液、
お隣の鼻の中なら鼻水。

で、鼻の中粘液は地上最強のエアコン。
アフリカで誕生した私たちヒトは
湿度がほぼゼロの乾燥した大地や
氷や雪で閉ざされる北極圏トカ南極圏
トカに生存環境を広げることができた
のも鼻のエアコンがあってのこと。

実は、鼻ってスゴイんです。

鼻水の役割は肺へ送る空気を確実に
温度37度、湿度100%にすること。

例えば乾燥したサバクでは乾いた
空気が肺に入り続けると、鼻の奥にある
セン毛が乾いてしまって働けなくなる。

するとどうなるか?
ウイルスなどの異物を追い出せない。

一方、冷たい空気が入り続けると
どうなるか?吸困難だ!
酸素を取り込むという肺の機能が
果たせなくなってしまうのだ。

鼻水が上手に上手に調節してくれて
いるんです。

 

藤井曲線

将棋の藤井聡太

『藤井聡太、強すぎでしょう。』
将棋ファンの中で『藤井曲線』
と呼ばれているものがあって、
コレ、どっちが有利かっていうのが
50%、50%から始まって、
これが少し藤井聡太に傾くと、
そのまま、ずーっと差を広げて
いっちゃう、ってヤツ。

藤井聡太は途中でミスらない。
コンピューター並に正確。
一番いい手をピシピシ打ってくるから
ドンドン差が開いちゃう。

みんな人間なんで、どこかでミス
っちゃって評価が逆転するってことが
よくあるんですが、
藤井聡太だけは1回差がつくと
そのままずっと差を広げちゃう。

藤井曲線(まあ、こんな感じです)

これを対戦相手側から考察してみます。

では始めます。心して聞いてください。

『このままでは負けてしまうぞ。』
指しにくさ、更には不利を感じ始めた
棋士たちからすれば、藤井を相手に
『終盤勝負』という発想はしない。

相手は詰め将棋でも断トツの力を持ち、
自玉、相手玉の安全度を瞬時に見極める
強者。

リードしているならまだしも、遅れを
取っている終盤はノーチャンス。
ならば多少の無理は承知でも大きく変化
してリスクを取ってでも行くしかない。

こう考えて対戦者は、将棋ソフトが示す
最善手ではなく評価を大きく落とす別の
手を選択する。

将棋ソフトの評価を見ながら観戦して
いるファンからすれば、
『何だ、悪手じゃねえか!』
と指摘したくもなるが、
実際に指している棋士はそんなの
百も承知。

それでも、今の道を歩いていては
勝ち目がない。ここは一発、
伸るか反るか、一か八かの大勝負じゃ。
という心理になってしまう。

まあ、テニスでいう勝負所で奇襲する
ポーチみたいなモンですな。

ここまで追い込んでしまう所に
藤井聡太の強さがあるのです。

『』伊勢の藤原氏』は伊藤さん、『加賀の藤原氏』は加藤さん

地域の藤原さん

ワタクシ、スタッフとよく雑談する
のですが、この前しゃべった藤原氏の話
(『藤原二条○○』、『藤原九条○○』
のブログ)が面白かったらしく
調子にのってまたしゃべっていたら、
『先生、今度それもブログに
書いて下さい。』
と言うモンだから書くことにしました。

じゃあ始めます。

藤原氏のなかには道長のように朝廷の
中心人物になれた者もいれば出世コース
からはずれてしまい、都にいても特に
うまみがナイ藤原氏も多くいたのよ。

そんな彼らは都でもてあますくらいなら
と、全国各地へ散ってそれぞれの土地で
力を持つようになって、

安芸の国に行く者もいれば、
伊勢の国に行く者もいる。
武蔵の国に行く者もいれば、
佐野(栃木県佐野市)に行く藤原氏
もいた。

各地へ散った藤原氏は
それぞれの土地にちなんで、
それが省略されて、
こう呼ばれた。

『安芸の藤原さん』➡安藤さん

『伊勢の藤原さん』➡伊藤さん

『武蔵の藤原さん』➡武藤さん

『佐野の藤原さん』➡佐藤さん

ちなみに
加賀の藤原さんは加藤さん。
備後の藤原さんは後藤さん。
近江の藤原さんは近藤さん。
遠江(とうとうみ)の藤原さんは
遠藤さん。

意外とこんなどうでもいい話が
うちのスタッフに受けたのでした。

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