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時間がコントロールできないヒト。

見た紀房さん(仮名)という漫画家が
います。

この人、東大合格請負漫画「ドラゴン
桜」で注目を集めた人。

彼が”遅刻”についてこんなコトを言って
おります。

「これは断言して構わないが、遅刻する
ヤツは絶対に大成しない。短期的にそこ
そこの結果を出すことはあっても、長期
的には必ず失敗する。

    遅刻するヤツは、時間という『基礎の
キソ』をコントロール管理することに失
敗している。

    時間さえまともにコントロールできな
いヤツにその他のことをコントロールす
る能力があるはずもない。いつも行き当
たりバッタリでその場しのぎの毎日を
送っているに違いない。何事も妥協し、
言い訳ばかり並べ、周囲の甘い誘惑に流
されている。セルフコントロールの原点
は『時間』なのだ。遅刻はしてはいけな
い。」

何かあったのでしょうか。

少々おキビシイ言い方ですが、まぁ、
確かにそうかなぁと思う。

歯科スタッフの面接をした時も、平気な
顔で遅刻してくる子はいろいろ事情は
あるのでしょうが、採用しても長く続か
なかったような気がします。

ホントにすごいのは周りのproducer?

ビートルズのプロデューサー、ジョージ
・マーチン(右から2人目)こんな一文
があります。

「売れっ子マンガ家には名編集者がいる
し、ビートルズのようなミュージシャン
には名プロデューサーがいます。
   彼らが第三者として的確なアドバイス
をしてくれるからこそ、マンガ家やミュ
ージシャン達は自分の長所を最大限に
活かした作品をつくることができるので
す。」

この一文を目にした時、ワタクシ、目か
らウロコが落ちました。

イチローはすごい、スゴイと言われてい
るけれど、ホントにすごいのはイチロー
の父、プロデューサーのチチローではな
いかと。

ビートルズもすごいと言われるけど、
ホントにすごいのは、ジョージ・マーチ
ンではないかと。

そして身近によくいる、勉強のできる子
、これはその子がスゴイのじゃなくて、
その周りにいるプロデューサーである親
の方がスゴイんじゃないかということに
気づきました。

名編集者や名プロデューサー、そして
その子のプロデューサーである親は、
作品の「創り方」を知っているのデス。

思春期特有の無視や「うるせえなぁ」

思春期

 

先日、孫が高校生になるという知り合い
の女性と世間話をしました。

「最近、孫が全く口をきかなくなったの
よ。あれこれ質問すると、面倒くさそう
にウンとかスンとかの最短言葉。」

「お年玉送ったのに、お礼の電話もない
のよ。嫌われたのかしら?」

ついこの間まで何でもバアちゃん、バア
ちゃんとなついてくれていたのに、と
ため息をつきながら寂しそうでした。

まぁ、そういうもんですよ。
思春期ですもの、どこでもそうですよ。

でも大丈夫。

なぜなら、今も昔も男の子が成長の過程
でたどる道筋だからです。

中学校から高校にかけて、時期や長さは
人それぞれですが、ほとんどの子供は
思春期を迎えます。

この思春期が親の悩みのタネ。
特に男の子の思春期は謎。

無口になる。
友達や部活の仲間が最優先。

何やらつるんで怪しいことをやっていて
も、これら全てに理由がアル。

その理由や本人の思いを理解せずに接す
ると、「うるせぇなぁ」の一言や、口が
貝になって無視の態度で部屋に閉じこも
って出てこない。

まぁ、それが思春期。

随分前のことですが、考えてみればワタ
クシにも思春期の頃があって、部屋に
閉じこもって好きなことをしていました。

自分だけの世界に閉じこもって、ああだ
こうだと考えるのが楽しかった。

子どもたちは、今日までは子どもで、
明日からいきなり大人になるワケではあ
りません。

思春期というそのドアを開けると、ぐ
にゃぐにゃ、ドロドロ、ワケわかんない
いろんな混合物があって、アップアップ
してて、霧の中をしばらく進む。

すると向こう側に5㎝くらいドアが開い
ているのが見えて、その向こう側に緑や
青い空がかすかに見える。

そのドアを開けたら、「ようこそ、いら
っしゃいませ、大人の世界へ」と書いて
アル。

その日がやってくるまで、じっと見守っ
てやらないとね。

生徒同士の縦の教育力

中高一貫校

 

札幌では少ないんですけれど、
高校受験を必要としない「中高一貫校」
というのもあります。

だいたい12~18才頃の子が通う。

教育ジャーナリストのおおたとしまさ
さんがこんなことを言っていました。

「中高一貫校のメリットがあるとすれば
、中1~高3まで共に過ごすということ
だ」と。

中3、特に男子生徒、反抗期。
かたや高3、中1からしてみればまるで
大人。

運動部の男子生徒ともなると、カラダも
大きい。

でも反抗的な態度は見られない。
先生たちと大人同士のようにうまくやっ
ている。

中1は彼らを見比べて不思議に思う。

「中3がいくらいきがっても、まだ先生
たちにはかなわないということはワカル。
でも、高3ともなれば体力では先生たち
に勝るハズなのに、なぜ中3よりも素直
に先生のいうことを聞くのだろうか。」

最初はワカラナイ。
でも次第に気づく。
これが成長なのだと。

高校生たちに自分の将来像を重ねて、
安心することができる。

やんちゃ盛りの中2、中3だって、高校
生の先輩たちから指導を受ければ素直に
聞く。

これが生徒同士の縦の教育力。

まぁ、12才が18才を間近に見られる
環境を中高一貫校は持っている、という
ことデシタ。   

 

地球の住所は一等地?


           天の川銀河

 

7年位前の話です。

若田さんが宇宙船に乗って、宇宙ステー
ションに到着しました。

アメリカのスペースシャトルが廃止に
なったので、宇宙ステーションに行ける
のは、ロシアのソユーズだけ。

ところで、地球って、宇宙の中でも一等
地中の一等地にあるようです。

住所を表記する時は、国・市・通りの
名前を書きますがそれに習えば、地球の
住所って天の川銀河(国)太陽系(市)
太陽系内の軌道(通り)太陽系という市
は、天の川銀河の中で理想的な一等地。

銀河の中心に近すぎず遠すぎず、科学者
はこの領域を生命居住可能領域と呼んで
いて、そこには命を支えるのに必要な元
素がちょうどよい密度であるようデス。

そこより外は元素が少なくて、内側は
大量にありすぎて致死的な放射線が飛び
交っているので、危険スギル。

太陽系という市の中で地球の軌道って、
命が生存できる狭い領域にある。

で、生物が凍りつきもしなければ焼け付
くこともない。

またまた一等地。

それに太陽とのキョリは年間を通じて変
わらないし・・・。

ダメ押しが、太陽ってのが完璧な発電所
ってコト。

こう考えると、宇宙人が存在する可能性
って、限りなくゼロに近そうです。

武道式コロナの考え方

 

武道に詳しい人によると、武道の目標は
「敵を倒す」ことじゃあなくて、「敵を
つくらない」ことのようです。

「攻撃される」ってのは自分の前に誰か
が現れて、こっちの自由を奪ったり、手
も足も出せなくされることですが、「敵
を倒す」ってのはその自由を回復したり
敵対要素をなくして、「元に戻る」こと
を目指すことをいうらしい。

この話を聞いて、コレ、新型コロナの話
と同じじゃんと思いました。

今、我々はコロナに攻撃されていて、こ
ちらの自由も奪われています。

「敵をつくらない」ことを目標にするな
ら、もうそこにコロナがある以上コロナ
以前の状態には戻れないわけですから、
回復することなんかもう考えず、これか
ら先の人生はコロナの存在も勘定に入れ
て一緒に生きましょうや、というふうに
する。

まぁ、例えば異質な学生でも大学に入れ
てしまったんだから、卒業するまで面倒
みましょうや、というようなモノ。

入れてしまった以上、仕方がナイ。

もうコロナに出会ってしまった以上、一
期一会のご縁があったということだから
、どこまでも道連れでいきましょう、と
考える。

とりあえずコロナにも、「何かあったら
よろしくね」と頼んでおく。

あくまでも武道式の考え方デス。

「京都はコワイ街や」

京都周辺

 

うちのスタッフがGoToトラベルでお正
月明けに京都に行くという。

ワタクシも昔、京都に住んでいた時期が
あります。

今日は「京都はコワイ街や」という話を
します。

中京区のごく狭い地域を洛中というので
すが、洛中の人々からは京都とみなされ
ない地域があります。

街をとりまく周辺部デス。

まぁ、洛外の地は昔から京都扱いされて
きませんでした。

「京都ぎらい」っていう本を書いた胃の
上章一さん(仮名)が言っていた話です。

胃の上さんは、京都郊外の嵯峨生まれ
嵯峨育ち。

ある時、建物の取材で京都西陣にある
杉本邸に行きました。

その邸主は胃の上さんのしゃべり方を聞
いて、「君、どこの子や?」。

「嵯峨です。後醍醐天皇のために建てら
れた天龍寺のあるアソコです。」

杉本氏、「昔あのあたりにいるお百姓さ
んがうちへよう肥(こえ)を汲みに来て
くれたんや」という。

彼は要するに、「嵯峨の子か、田舎の子
なんやな」とそう念を押したのだ。

つまり、洛中でない洛外の田舎者呼ばわ
りされたのです。

ええか、嵯峨は京都と違うんやで、とい
う意味。

胃の上さんの友人に、洛中の新町御池で
生まれ育った男がいます。

新町御池といえば、洛中にある天皇のい
らっしゃった御所のおひざ元だ。

その彼に今の話をしたところ、驚くべき
返答が返ってきた。

「京都を西陣のヤツが代表しとるんか。
西陣ふぜいのクセに、えらい生意気やな
ぁ」

西陣あたりの生まれのヤツがえらそうに
振る舞うのは、「かたはらいたい」とい
う。

胃の上さんは思った。
「京都はコワイ街や」

「この男、聞いたことはないけれど、
ワタクシの生まれ育った嵯峨をどう見て
るんだろう。」

 

村上夏樹(仮名)の本のコト

ノルウェイの森

 

今年も村上夏樹(仮名)さんはノーベル
文学賞を取れませんでした。

今年もダメだった、というのが恒例行事
になっています。

彼は昔、ジャズバーを経営していたので
すが、何となく彼のやっていたバーがど
ういう感じか想像がつきます。

トイレはきちんと掃除してあって、使い
やすいように手を出したところにペーパ
ーホルダーがあるとか、スペアもしっか
り補充してあるとか、乾いたタオルが
ちゃんとかけてあるとか。

お客さんが不愉快な思いをしないように
、できることは全部きちんとやってある。

そういう気配りが村上さんの本にはあり
ます。

だからページを開いた瞬間に、「いらっ
しゃいませ」っていう声が聞こえる感じ
がする。

と、誰かが言っていました。

彼の本にはまぁ、常連客に対する目配せ
みたいなものが全くなくて、基本的には
初めての客でも同じサービスを提供して
くれそうな雰囲気を感じます。

ところで、本を読むのって、部屋のドア
を開ける感じに似ています。

ドアを開けた時に部屋の中は見えるけど
「その先」が見えないドアと、部屋の
向こうに別のドアが開いてて、その先に
広々と青空が見えるドアがあると思うん
ですけど。

ドアを開けると「その先」に続いている
次のドアが見える本だと、「ああ、この
本を読むとあっちへ抜けられるのだな」
ということがワカル。

論文を読んでいてつらいのは、部屋が
真っ暗でどこまで行っても先が見えず、
そのうちゴンと壁に突き当たって、「い
ったいオレはどこに向かっているのだ?
どこに出るのだ?」と出口がわからない
ことです。

「村上夏樹氏の本は、ドアを開けると
ドアの向こう側にドアがきちんと5㎝
くらい薄く開いていて、スキマから緑や
青空がチョット見える。『あっちへ行け
ばいいんだな』と出口がわかっているか
ら、寄り道して部屋の中でぐるぐる壁を
見たり書棚を眺めたり音楽を聴いたり、
必死に出口に行かなくてもいい」って、
これも誰かが言っていた。

とにかく彼の書く本は至れり尽くせりで
、親切なのだ。

でも親切だけじゃあ、ノーベル賞をもら
えないんだろうなぁ。

マニュアルどおりだと言葉が響かない。

 

ワタクシは歯医者をやっているので、
よく〇〇省とかから毎年毎月、同じ頃に
官僚の書いた文章が送られてきます。

それがいつもマニュアル通りの同じ文章。

アレは表層に留めて、逆に深く入っちゃ
あいけないように書いてアル。

だから読む気にならない。

問題の核心には触れないで、ひたすらカ
ニ歩きで横に歩く。

言葉だけは美辞麗句が並んでいるんだけ
ど、カンジンの問題にはたいして触れな
いという必殺技。

まぁ、能率や効率を考えたら同じにした
方がいいわけで、官僚的文体というのを
あれだけ多くの人が使っていることから
、たぶん着脱自由で使い勝手のいいツー
ルなのだろう。

ワタクシも気がついたら使っていた。

いくら丁寧な物言いでも、本人のカラダ
が話している内容に納得していないと、
必ずフラットな文章になる。
そして眠たくなる。

時々、歯医者の診療時間が終わって間も
なく、電話が鳴ります。

患者さんかなと思って受話器を取ると、
「もしもし、ナントカ不動産の〇〇と申
します。いつもお世話になっております。
今日は投資のご案内でお電話致しました。
お時間を5分少々いただけないでしょう
か。実は東京のナントカという駅に歩い
て5分の場所にナンチャラマンションが
できまして、いえそれが二度と出ないだ
ろうといわれる場所でありまして・・」
と、まだまだ続く。

あの口調は完全にフラット。

しゃべっている本人が自分の声を聞きた
くないし自分の話の内容に納得できてい
ないから、マニュアル通りには喋ってい
るんだけど、カラダの他の部分が共振し
ない。

いい声、響く声ってのは自分の言葉に
カラダが「おお、なかなかイイことを
言うではないか、オガワ君に一票。」と
後押ししてくれる。

そうなると声が割れて響いてくれる。
すると、じゃあ、何か聞いてみようかな
という気になるのだ。

適度の「笑顔」と「ゆるさ」が必要デス。

「澪つくし」

 

最近BSで、朝ドラ「澪つくし」の再放送
をやっています。

女優沢口靖子の伝説の朝ドラ。

「澪つくし」って、船が往来する時の
目印にするもので、多分「身を尽くし」
にかけているんでしょう。

千葉の銚子を舞台に、「入兆」という醤
油屋の旧家の娘と漁師の網元の長男との
純愛物語。

そこに根岸季衣演じる「ハマ」がいて、
この人がキツイ。

「入兆」の女中頭。

で、入兆には献身的に仕えているのです
が、それ以外の人々には無愛想ですごく
冷たい。

まぁ、この人がいないと入兆が引き締ま
らないのではありますが。

でも、歯科医院でこんなに無愛想でそば
にいるだけでもう空気の凍るような人が
いると、大変なことになってしまう。

みんな疲弊します。
それに、チームワークもバラバラになる
し。

逆に、気持ちのいい人は適度の「ゆるさ
」と「笑顔」を持っています。

まぁ、最近では誰もが仕事で「スキを
見せないようにしよう」とか「完璧にし
よう」とガンバル傾向がありますが、そ
れだけだと人間関係が息苦しくなっちゃ
う。

適度の「ゆるさ」が必要。
もうひとつ、「笑顔」も。

単純なことですが、仏頂面をしている人
には話しかけにくいけど、いつも笑顔の
人には話しかけやすい。

まぁ笑顔は人間関係の潤滑油で、時に
伝染しますしネ。

多少忙しくたって、笑顔のある職場は
ストレスもなくて、それに雰囲気もいい
のだ。

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