「好き」は軸になる。避難所にもなる。

さかなが「好き」なさかなクン

将棋が「好き」。鉄道が「好き」。虫が
「好き」。ダンスが「好き」。「好き」を
持つ子は他人の軸ではなくて、自分の軸
で動くことができます。

将棋が好き。「好き」を持つ子は、他人の軸ではなくて、自分の軸で動くことができる。

「好き」がない子も結構います。だけど
それは「ない」んじゃなくて、育てて来
なかっただけ。小さい頃から気になった
ものを触らせて貰った子は「好き」の作
り方を覚える。だけど、そうでない子も
多い。

「好き」のない子も結構います。小さい頃から気になったものを触らせて貰えなかった子に多い。

「そんなの無駄だ!」と切られ、
「それって意味あるのか?」と問われ、
「それ、何の役に立つんだ?」と急がさ
れる。そうやっていく内に、感じる前に
判断するクセがついちゃう。

先回りして、親にあれこれ「ああだ、こうだ」と言われると感じる前に判断するクセがついちゃう。

そのまま成長した状態で「好き」が湧い
てくるのを待ってても出て来ないんです
よ。何も興味がないのは受け身の姿勢だ
と思うよ。待っているだけでは一生、他
人の基準で生きることになる。

何も興味がないのは受け身の姿勢だと思うよ。

「好き」は才能も、大きな情熱も要りま
せん。少しだけ心地良かったものや、イ
ヤじゃなかったものを放置しないことじ
ゃないかな?そして、好きなものを見つ
けたら「何で?」「いったいどこにある
んだ?」と観察して、そこから広げる。
「好き」は自然に湧いて来るものじゃな
くて、作るものだと思うんですよ。

「好き」は才能も大きな情熱も要りません。少しだけ心地よかったものやイヤじゃなかったものを放置しないことじゃないかな?

でも勘違いしないで欲しい。「好き」っ
てのは娯楽でもないし、暇つぶしでもな
い。自分の軸なのだ。他人の評価が揺れ
た時、戻れる場所とでも言おうか?まあ
、失敗しても自分が崩れないための土台
。失敗しても、『オレには帰る家庭があ
る!」そんな感じ。

「好き」ってのは自分の軸です

自分の内側の基準である「好き」がある
人間は他人の基準だけに振り回されない
んです。失敗してもすぐ戻れるし、続け
られる。それに、続けていれば深くもな
れる。まあ、「人生の避難所」みたいな
感じだ。避難所がある人間は強くなれる
。怖くない。そしてさらに深く研究した
り、考えたり、努力したりできる。やが
て最後にはその深さが武器になるんだよ
。好きなことがあるだけでそれは財産。

「好き」ってのは人生の避難所です

昔、あるヤツが言ってたよ。「一番好き
なことは趣味にして、二番目に好きなも
のを仕事にする」と。

「一番好きなことを趣味にして、二番目に好きなことを仕事にするんだ!」

そいうヤツもいれば、「苦労は買ってで
もしろ!」と言われ続けて育てられ、
嫌いなことばかり選んでいたら、その結
果病気になったヤツもいた。避難所が作
れなかった例だ。

嫌いなことばかり選んでいたら、その結果病気になったヤツもいた

やはり好きなものは大切にしないとね。

      おしまい

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