2024年 1月 の投稿一覧

「太陽ママと北風コドモ」?

絵本作家のあきびんごさんの書いた「太
陽ママと北風ママ」という本があります。
そこに、「大切に育てられた子」と「じ
ゃけんに育てられた子」の話が書いてあ
りました。それによると、

どういうわけか、親が大切にして手塩に
かけて育てた子よりも、親からじゃけん
にされ、放っておかれながら育った子の
方が強く育ち、大人になると世の中で活
躍するようです。

世の中で活躍するのに必要なのは、親の
手塩よりも強く生きる力で、その力は、
じゃけんにされた子どもの方が育つらし
い。太陽ママは子供の可能性を信じるこ
とができます。

「この子は自然が育てているから、私に
はわからない自然の知恵を持っているに
違いない。その力を信じよう。」
というもので、まぁ、子どもというより
自然の力を信じるのです。まぁ、「孟母
三遷」です。

太陽ママ

これに対して北風ママは、「この子は私
が産んで育てている。この子のことは私
が一番よく知っている」と思い込んでい
ます。
その上、子どもの短所ばかり見えますか
ら、「もしこの子に私がついていないと
ますますダメになる」と思い込んでしま
う。
親は自分自身の長所と子どもの短所しか
見えませんので、失敗を聞く耳を持ちま
せん。

北風ママ

これが「太陽ママと北風ママ」のお話の
一部。
で、これは子どもが聞く耳を持つ場合。
子どもが聞く耳を持たなかったらどうな
んだろう。
続編「太陽ママと北風コドモ」を是非
書いていただきたい。

不老不死を許さない「死のシステム」

テロメア

 

どんな生物もそうですが、ヒトも生まれ
てから亡くなるまでの寿命が定まってい
ます。なぜだろう?
いろんな仮説がありますが、先日NHK
の「ヒューマニエンス」という番組を
見ていたら、「テロメア」が関係してい
ると言っていた。

テロメアって、あまりなじみのない言葉
ですが、コレ、染色体に収められたDNA
を保護するCap(ふた)みたいなもの。
コレ、細胞分裂するごとにだんだん少な
くなっていくのですが、そのうちだんだ
ん分裂できなくなる。
まぁ、回数券みたいなものなので、使い
切ったらおしまい。

回数券は使い切ったらおしまい

染色体は、分裂しなくなって新陳代謝が
できなくなれば、生物は老化して死んで
しまう。
これに目を付けた人がいて、まぁテロメ
アが短くならないようなタンパク質を見
つけたらいいんじゃねぇの?と考えた。

実際、1985年ゾウリムシの仲間からとれ
た酵素で、テロメラーゼというのを発見
した。
「これを利用したら永遠に細胞が分裂し
て、永遠に年をとらねぇぞ。不老不死の
クスリじゃ!」と期待を寄せてマウスの
ヒフに入れてみた。

不老不死のクスリ

すると期待通り、細胞分裂がおさまらな
くて、いつまでたっても新陳代謝が続い
て、「ヤッタ~!年とらねぇ!」と喜ん
だのもツカの間、思わぬ事態が起こった。

ソシキの中にガン細胞が増えたのデス。

ガン細胞が増えて死んだ

何もしなかったら年をとって死んじゃっ
た。でも、年をとらないように細胞をい
じったら、年はとらなかったものの、そ
の代わりガン細胞ができて死んじゃった
。つまり、生き物には「不老不死を許さ
ない死のシステムがある」のだ。

これぞ生命最大の発明品。

『JAL、すげぇー!』(現場は一流)  (後半)

      【続きです】

2007年8月20日に沖縄で、台湾の飛行
機が駐機場(ヒコーキが待機する所)
で、炎上する出来事がありました。
当時、いろんなヒコーキ会社の人々がそ
こで働いていました。突然、台湾のヒコ
ーキが炎上したので大騒ぎになり、各ヒ
コーキ会社の人達、みんな協力しあって
消火活動をして、やっとのことで爆発を
食い止めました。の様に見えました。
後で映像を見返してみると、消火活動を
していたのは、何とJALの関係者・整
備士の方達ばかり。他のヒコーキ会社の
人達、一体どこへ行っちゃったの?

中華航空機炎上。JALの整備士ばかり現場で頑張っていた。

JALは日頃から、こう言う事故を想定
して訓練していたのです。で、当時S山
さん(仮名)、JALの現場の最高責任者
で、たまたま、那覇市内で、作家の渡辺
淳一さんと打ち合わせ中でした。
その打ち合わせ中、突然携帯が鳴り、
空港部の部下から『S山部長、大変です
!私の目の前で今、中華航空機が炎上し
ています!』

中華航空機炎上

で、S山さん、『君の目の前ってのは
滑走路か?誘導路か?それとも駐機場か
?』部下、『駐機場41番スポットです』
というやり取りの後、駐機場なら空港閉
鎖にはならないな、と考えながらすぐ空
港に戻った。と、おっしゃっていた。

航空管制部

トップが何も指示しなくても、現場は今
何をすればいいのかわかっていたのだ。
整備士はボーイング社が頼りにするほど
優秀、客室乗務員は折り紙付き、空港も
優秀。経営、営業は知らないけれど、
    『現場は一流』
それがJALのすごいところ。

 

『JAL、すげぇー!』(前半)

JAL(日本航空)

2024年は元旦早々、能登半島地震・
津波、羽田空港滑走路でJALと海保機
の衝突炎上。世界のあちこちから、
『おい、日本は大丈夫か?』という声が
聞こえてきました。災難に見舞われた方
々のお見舞いとご冥福をお祈り致します

先日、歯科でリコール中の患者のS山さ
ん(仮名)と診療後、久しぶりに世間話を
しました。S山さんはJALを退職して
もう10年以上経ちますが、当時、天皇陛
下とお話できる立場の方でした。つまり
、その時、その現場ではトップの方。

JAL機、見事胴体着陸。

世間話をしているうちに、ついこの間の
航空機炎上の話になりました。ワタクシ
あの出来事をテレビ中継で見て『なんか
JAL、すげぇなあ!』と思っていまし
た。詳しいことは分かりませんが、結果
的に誰も亡くなった人がいませんでした
からねぇ。

で、S山さんにあの事をチョット訊いて
みました。すると、『JALはあらゆる
事故を想定して訓練してるんですよ。実
は訓練の方が現実よりもキツイ。でもね
、今回のは何と言っても、運が良かった
。札幌発だから誰もハイヒールを履いて
なかった。もし履いてたら脱出シュータ
ーに穴が空いてみんなスムーズに脱出出
来なかったかもしれない。

それに今回の機体は胴体がカーボンで
出来てて、燃焼スピードが従来型のアル
ミに比べると、燃えるのに時間がかかっ
た。つまり、脱出するための時間が稼げ
たのも良かった。』S山さんの話は続く

『で、テレビで90秒ルールと言ってます
が、あれ、実は海に不時着したら、ヒコ
ーキは90秒くらいで沈むので、90秒以内
にゴムボートで脱出しなければ助からな
いって言う意味なんですよ。』

今回、みんな無事に避難できた要因は色
々あるけど、その中の一つに、ちゃんと
トップの指示にみんな従ったからっての
があるんじゃないかな。
航海を考えてみても、例え天皇陛下が乗
っていようと、大統領が乗っていようと
一旦海に出てしまえば船長が間違いなく
トップ。みんな船長に従わなければなり
ません。身分、地位なんて海の上では何
の役にも立たない。命を預ける訳ですか
らねぇ。まあ、治外法権みたいなものだ

JALのあらゆる事故を想定した訓練

今回の全員無事脱出、機長をはじめ、メ
ガホンを持って客を誘導してくれたCA
 (客室乗務員)の皆さんを褒めてあげて
欲しい。怖かっただろう。よく頑張った
。本当にすばらしい。途中から保安要員
になって、全員を助けたのだから。

また、ある男性のお客さんがパニックに
なってる連中に『大丈夫、大丈夫!CA
の指示に従えば絶対大丈夫!』『荷物を
出すな!』と落ち着いた口調で説いてい
た。こういう味方になってくれるお客さ
んが、少なからずいていて、さぞかし
CAも心強かったに違いない。

リーダー的存在感のある人は必ず、どん
な集団の中にも一人や二人いるものだ。
『日本は大丈夫だ!』とワタクシ、確信
しました。

     【後半に続く】

老衰の今どきの考え方(後半)

      【続きです】

看取りが行われた106人の食料と水分の
摂取量のデータというのがあって、その
推移を見ると、数値が急激に減少した
のは死亡の数か月前。それ以前の3年間
は安定している。でも、そこにBⅯIの
データを重ね合わせると十分の食事や
水分を摂取しているにもかかわらず、
5年前からその数値が減少していた。

5年前からBⅯIは徐々に下がっていた(オガワメモ)

これは、食べているにもかかわらず、
BⅯIが減っているところから見ると、
食べないから死に至っているというより
カラダはもはや栄養を利用できなくなっ
ている。まあ、終末期の高齢者のカラダ
では、栄養や水分を次第に受け付けなく
なっているというコト。こうした状況で
は水分を取ることも苦痛になる。

死に向かう高齢者では、腎臓などの臓器
のキノウが低下している。そのため、摂
取した水分は尿として排出されず、その
多くが体内に貯まっていく。そして、そ
れが腹水や浮腫み(むくみ)の原因になっ
てしまう。

腹水(上)とむくみ(下)

で、オーバーフローした水は肺の中に移
って、それが痰になって、ゴボゴボして
肺水腫という状態になったり、呼吸困難
が起きてくる。

肺の中に水が貯まって溺れる、肺水腫

100%食べているのに、痩せだけが進行し
ていく。BⅯIって、よく健康診断に出
てくるけど、コレ、命の指標じゃないで
すか。今まで医療が進歩して、いろんな
ものを入れて、どうにかそのヒトを活気
付けようとしたけど、それ、死んで逝く
人達にしてみれば、ひょっとしたら、
キツかったのかも。食べれません、
苦しい、生きたいという意志があるなら
栄養を入れてあげればいいじゃん、と思
ってやってみたけれど、入らないんです
もんね、その栄養。

  

思うに、すべての生物は死ぬという観点
から見れば、まあまあ当然のことで、
ヒトは成長するのに20年以上かかります
。であれば、死ぬ準備も5~6年あるので
はないか。85~95歳くらいの間で、
もう多くヒトが亡くなるのでそのくらい
が『生理的な死』 なのかもしれません。
まあ、探せばいろんな病気があるんで
しょうけどね。

老衰の今どきの考え方(前半)

老衰で天のお星さまになる

先日、友人の母が天のお星さまになった
と言うメールが届きました。御年95歳だ
ったと言う。老衰でしょうか。
老衰って高齢者で、他に記載すべき死亡
の原因がない、まあ、自然死みたいなも
んですけど、コレを科学的に定義するの
は難しいんです。

ワタクシが生まれた60年以上も前、
100歳以上の方は日本全国で200名足ら
ず。でも2022年の統計では何と9万人。
まあ、最近100年くらいで、平均寿命が
伸びたのは、小さい子供の死亡率が減っ
たから。昔は栄養状態が悪かったし、
感染症でも命が果てたし、何と言っても
医療レベルがまだまだでしたからねえ。

日本人の平均寿命(オガワメモ)

東京有明医療大学の川上さんって方が言
っておられたんですが、いま、8割を超
える方が死期が迫ったら、延命治療じゃ
なくて、穏やかに苦しまないで最期まで
生きたいと希望されるトカ。

で、本人にとって苦痛を取り除くことを
考えた場合、生きるために必要な水分と
か食べることが必要じゃない。むしろ、
少しずつ減らしていく。本来、人を生か
すために、点滴、人工的栄養を増やした
いところだが、逆に、ケアを除く、引き
算をしていくらしい。

通常、カラダが衰弱した人には、点滴や
胃ろうなどによって、水分や栄養が供給
される。これは生命維持の為に欠かせな
い。ところが、それを減らして、最後の
1滴まで使い果たして、死に到達する
ソフトランディングもあるらしいんです
。では、一体何を判断の材料としてケア
の引き算をするのか。

肥満度を示す体格指数(BⅯI)と言うの
があって、これから推移をたどると、
やがて命が尽きるなというのがワカル
んです。

肥満度を示す体格指数(BⅯI)

過去の研究からBⅯIは12を下回ると生命
維持が難しいとされています。ワタクシ
、大学2年生の春、競技卓球をやってい
て、無茶な強化練習のやり過ぎで当時、
60㎏あった体重が1週間で49㎏まで
激減。

無謀な強化練習のやり過ぎで体重11kg減

イシキはしっかりしていたものの貧血気
味。死にそうでした。身長が1.78mあっ
たのでBⅯIを計算してみたら、
BⅯI=49÷(1.78×1,78)=15.46でした。
BⅯIは22が理想。25以上が肥満。
15.46という数値は限りなく12に近いの
で、今思えば、三途の川の一歩手前まで
来ていました。

    BMI値12を割って1月に死亡

三途の川一歩手前まで来ていた

計算してみたら、38㎏で三途の川を渡っ
ていたところでした。

      【続く】

 

目が先?耳が先?

「天国と地獄」トムとジェリーより

 

以前スリランカで地震があった時、津波
がまだ来ていないうちからゾウが一斉に
内陸に逃げたという話があります。

耳が「危ないよ」と知らせているんです。

ゾウの逃げるのを見て、人間も一緒に逃
げればいいんだけど、ぐずぐずしてしま
う。

津波を目で確認してから慌てて逃げよう
としたって、そりゃあ、間に合いません。

ゾウは脳ミソが小さすぎて、耳と目から
入ってくるものを一緒にするキノウを持
たないんでしょう。

耳だけを信じて逃げ延びた。

人間は目と耳を使って脳で考えるから、
逃げ遅れた。

ところで、意識を取り戻す時も、最初に
耳が回復します。
声が聞こえてきて、次にそっと目が開く。

目はフタをしてありますけど、耳はフタ
をしていないこともあって、24時間営
業中です。

死ぬ時もたぶんそう。

死んでみたことがないからわからないけ
ど、まぶたが根性なくなって閉じて、
瞳孔反射がなくなって、医者の「ご臨終
です」という声なんかが聞こえてきて、
「あれ?俺、ご臨終なのかなぁ」と感じ
るかもしれません。

だとしたら、最後の最後に手を握って
『今まで本当にありがとう!』と言って
あげるとイイ。きっと、手を触られた
感触はまだ残っているはず。目も開けれ
ないけど、耳は営業中なので微かに聞こ
えているんじゃないかな。合掌。

すべての始まりはビートルズだった(後半)

1989年ベルリンの壁崩壊

       (続きです)

1968年ビートルズが解散した。
それから10年後、ジョンレノンは撃たれ
て亡くなった。40歳だった。
1985年、ソ連でゴルバチョフが書記長に
就任すると、ソ連ではロックの禁止が解
除された。隠れて演奏を続けていたロッ
クバンドの連中が堂々とステージに立っ
た。
30年近くたって、ビートルズは遠回りを
して、ようやくソ連の人々のもとへやっ
て来たのだ。彼らは今も生きているビー
トルズを見ることが出来ませんが、運命
は少なくとも彼らの曲を演奏する自由を
与えたんです。

ゴルバチョフ書記長

1989年、ベルリンの壁は壊れ、
1991年12月、大国ソ連も崩壊した。

『すべての始まりはビートルズだった』

ジョンが生前こんな事を言ってた。
『60年代は新しい世界を見つけに行く
船だった。そしてビートルズはその船
の見張り台に立ってただけだ。ボクたち
は【オ~イ、陸地だぞ!】と叫んだ。
ただそれだけだ。』

ジョンレノン(1940~1980)

2003年5月、モスクワ赤い広場に
60歳になったポールが初めてロシア
公演を行った。2万人集まった。
ロシアの人々はビートルズを知ってから
40年近く。やっと本物に会えた。
ついに夢が叶った。まるで昔からの友人
や先生に再会したみたいだった。

ポールのロシア公演。○—チン大統領もいる。

ゴルバチョフ書記長もビートルズの
ファンだった。ポールと握手して、
『もっと早く会いたかったです』と。

○ーチン大統領もビートルズのファン
だったのなら、ウクライナの人々を
こんなに苦しめなくてもいいのにな
あ、とワタクシは勝手に思うのです。

 

すべての始まりはビートルズだった(前半)

ビートルズ

ワタクシがビートルズを深く知ったのは
高校生の多感な時期。まるで放射線を浴
びたようにように、ワタクシのカラダの
中に許可なく侵入して来た。それまでは
退屈な音楽を聴いていました。

そんなビートルズですが、ソ連の若者た
ちの中にも侵入して来たんです。そして
その事がソ連という鉄のカーテンを壊す
のに一役買ったんです。以下は西側諸国
が自由にビートルズが聴けるのに、ソ連
の若者たちは聴く自由を持てなかった話
です。

ビートルズは1966年のアメリカン
ツアーを最後にステージに立たなくなっ
ていました。やがて4人はヒゲをはやし、
アイドルであることを辞めた。

ひげビートルズ

その音楽は鉄のカーテンの向こう側にも
届いていた。西側のロックが禁止されて
いたソ連で、若者たちは身の危険を冒し
ながら、ビートルズを聴いていた。

長髪の若者は見つかると、容赦なく丸刈
りにされた。それでも若者たちはビート
ルズを聞き続けた。まるで隠れキリシタ
ンのように。

当時のソ連はビートルズをはじめ、ロッ
クが禁じられていました。西側の自由な
思想が広がるのを恐れたから。自由に聴
くことができたのは、国の審査をパスし
た退屈な音楽だけ。国は乏しい情報を目
一杯使って、ビートルズブームをこき下
ろそうとしました。でも、こうしたプロ
パガンダが返って若者をビートルズに引
き付ける事になったんです。

ビートルズを自由に聴けない

ソ連の若者の言葉。『ビートルズの音楽
はこの世のものとは思えないほど素晴ら
しかった。喜びで心が一杯になってどう
したらいいのか、わからなくなった。
何年も積み重なった憂鬱や恐怖が一瞬で
消え去った。ビートルズはボクらの世界
を創る手助けをしてくれたんだ。
表向きは共産主義の国家の要求に従って
暮らしていながらも、ボクらはビートル
ズを信じることで、その一部を静かに拒
否していたんだ。』

       (続く)

日本の神様はみんなで決める。

 

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

うちの歯医者の前の北1条通りは、神様
が通ることになっている表参道。

北海道神宮に通じています。

日本の神様、外国の神様、イロイロいら
っしゃいまして、外国の神様だとモーゼ
のように海を割るような派手な人も出て
きます。

そういうすごい人は日本の神様にはまれ
で、日本の神様の場合には、困った問題
が起こると八百万の神(やおろずのかみ
)が全員集まってきます。

そしていろんなイケンを出し合って決め
るのですが、これがまた、失敗が多いの
です。

失敗するとまた集まってくる。

それで、知恵を出せる人は知恵を出す。
力のある人は、力を出す。

これは一体なんだろうと考えてみたら、
今の民主主義と同じ。

民主主義だから、アメリカのトランプ
さんのような特別の人は出てきません。

ウチの国は聖徳太子さんの頃から、みん
なで助け合って生きようって国なので、
皆さんに感謝しながら生きてゆかねばな
りません。

まぁ、ヒマラヤやエベレストに登頂して
「征服した」と言うのは大体が西欧人で
、日本人ならきっとこう言うはず。

「お陰様で、無事、山に登らせていただ
きました」

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