①物語・アメリカHB大学講義「日本の持つ記憶という武器」(後半)

 

     【続きです】

多くの国々は独立後も宗主国の言語を使
い、政治システムに倣い、経済的に従属
しました。ところが日本は全く違った自
分たちのシステムを作り上げ、自らの言
葉で教育し、経済的に自立しました。こ
れは偶然じゃなくて、構造的な問題です

多くの国々は独立後も宗主国の言語を使い、政治システムに倣い、経済的に従属しました。だが日本は違った。

日本人は危機に直面する度に学んで来た
のです。どうすれば生き残れるのか?ど
うすれば侵略者を疲れさせることができ
るか?どうすれば再び立ち上がれるのか
?そしてその学びがシステムになったの
です。危機が来れば自動的に作動するシ
ステム。

どうすれば生き残れるのか?どうすれば侵略者を疲れさせることができるのか?どうすれば再び立ち上がれるのか?

戦争が来れば制度が変わりました。災害
が来ればソシキが強化されました。失敗
すれば学習し、その学習は次の危機の際
に自動的に発動されました。これは防御
ではありません。進化です。

日本は戦争が来れば、制度が変わった。災害が来れば、ソシキが強化された。失敗すれば、学習した。進化です。

ではなぜ他の国はそうならなかったのか
?他の国も侵略された。戦争を経験した
。しかしその多くは崩壊するか、吸収さ
れた。なぜか・危機に対する姿勢にあり
ます。多くの国々は危機を「耐え忍ぼう
としました。原状回復が目標だったので
す。

多くの国々は危機を「耐え忍ぼう」とした。原状回復が目標だったからです。

日本は全く違いました。「危機を燃料と
して使った」のです。侵略の危機、敗戦
、占領、経済危機、日本はその先に制度
改革、産業化、民主化、技術発展、経済
跳躍の方向に進化したんですよ。

日本は危機を「燃料」として使った。

国家は1つの危機を経験すれば、回復に
数十年かかります。日本は止まらなかっ
た。むしろ加速した。なぜか?選択肢が
なかったからです。止まれば死ぬという
ことを骨の髄まで知っていたのです。だ
から危機を避けませんでした。正面から
突破した。これこそが日本の持つホント
の武器。

日本は止まらなかった。むしろ加速した。危機を避けずに正面から突破した。

技術でも資源でも軍事力でもない。
「記憶」です。日本人は敗戦の記憶を忘
れませんでした。崩れた記憶、立ち上が
った記憶、また崩れた記憶、そして再び
立ち上がった記憶、これらの記憶が積み
重なり、文化となり、制度となり、国家
運営のシステムとなったのです。

日本の武器は技術でもない。資源でもない。軍事力でもない。「記憶」です。

だから21世紀、ホルムズ海峡危機が来た
って、日本は決して慌てませんでした。
すでに何度も経験したことですから。金
融危機が起こった時、他の国はパニック
に陥りましたが、日本は既に対応マニュ
アルを作動させていました。

日本はホルムズ海峡危機にも、対応マニュアルを作動させた。

外交的孤立が訪れた時、他の国は混乱し
ましたが、日本は慣れたように対応しま
した。供給網が崩壊する危機が来た時も
同様でした。

外交的孤立に対しても、日本は慣れたように対応した。すでに動き始めていたのです。

他の国が右往左往する中、日本は既に動
き始めていたのです。特別なマニュアル
は必要ありませんでした。カラダが覚え
ていたのです。危機を経験した後、2つ
の選択肢があります。「元に戻る」か
「違う段階に進む」か。多くの国は前者
を選びます。日本は後者を選んだのです
よ。

日本は「進化」を選んだ。

      おしまい

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