ご先祖様がきっと住んでいるのだ。

 

ワタクシ、数十年前、京都の二条城の
お隣の予備校に通っていました。

京都は歴史の宝庫。
お隣の二条城で15代将軍徳川慶喜が大政
奉還をしたと頭の中ではわかっていても
、興味もなく「ふ~ん」って感じでした。

確か地元京都出身の予備校講師は、「う
ちらな、この前の大火事いうたら、応仁
の乱のことやねん」と言っていた。

500年前のことを「この前」と話す京都
とは何という土地なのかと、思いました。

一緒に通っていた友人に、長野生まれ、
福島出身のヤツがいて、「薩長は好き
じゃない」と言っていた。

戊辰戦争で「官軍」となった薩摩藩・
長州藩に対して「賊軍」とされた会津藩
の悲哀を考えれば、ワタクシにもわかる。

広島出身のワタクシは、関ケ原の頃の話
だけど、うちの殿様は毛利輝元といって
西軍の総大将だったんだけど、関ケ原に
戦いに行かずに大坂城にじっとしていた。

その子供の秀元も、山の上にじっとした
まま動かなかった。

動いて東軍の家康に襲いかかっていた
ら、きっと日本史は変わっていたハズ。

ワタクシも含めて、本州出身のワタクシ
たちの頭の中にきっとご先祖様が今だ
住んでいるに違いない。

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