なぜ、イランとイスラエルは仲が悪い?(前半)

パレスチナ地域

1948年、パレスチナの地域にイスラエル
(ユダヤ人)が建国しました。そもそもパ
レスチナは古くからアラブ人が住んでい
て、そこに今から約70年前にユダヤ人が
移住して来ることになったのです。

今から70年前に、ユダヤ人がパレスチナ地域に移住して来た。

ただこのユダヤ人もまた2000年以上前に
パレスチナを追い出された人たち。でも
この両者は宗教も文化も違うので対立す
るようになる。
そこで、その対立を落ち着かせようとし
たのが国連。国連の決議によって、パレ
スチナの57%をユダヤ人に、43%が
アラブ人に割り振られました。

国連がパレスチナの地区割合をアラブ人43%、ユダヤ人57%に決めた。

で、一見落着かと思ったら、ユダヤ人が
建国したイスラエルという国がパレスチ
ナのすべてのほぼ全ての土地をユダヤ人
が占領しちゃったんですよ。本来アラブ
人に割り振られたハズの43%の土地も
ユダヤ人が占領するようになった。

パレスチナのほとんどをユダヤ人が占領した

当然、これにアラブ人側は腹が立つ。こ
うしてアラブ人とユダヤ人との衝突が頻
発するようになった。1948~1973年まで
、故郷を求めるユダヤ人の勢力と住む土
地を守るパレスチナ勢(アラブ人)の戦い
が起こることになりました。ただこれら
の戦いはすべてイスラエル(ユダヤ人)側
の勝利で終わっています。

与えられたパレスチナの土地を懸命に守るアラブ人

これはアメリカ、イギリス、フランスと
いった西側の大国がイスラエルを支援し
たからです。こうしてパレスチナ人(ア
ラブ人)の住む場所がどんどん狭くなっ
ていきました。で、今の南側のガザ地区
とヨルダン川の西岸地区のたった2つの
地域に追いやられることになったんです
よ。

アラブ人

アラブ人の住む場所がどんどん狭くなり、ガザ地区とヨルダン川の西岸地区のたった2つの地域に追いやられた。

まず、ここまで整理しておきたいのが、
イスラエルとパレスチナの対立軸、これ
はユダヤ人とアラブ人との対立軸と言え
ます。次にこの対立にイランがどう絡ん
でくるか?

                           【続く】

 

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