相手の力を削ぎ、無力化する『放置』という方法

徳川家康

徳川家康って、『社長さんがみんな好き
!』っていう話を昔聞いたことがありま
す。ワタクシも結構好きなんですよ。一
応、社長さんの端くれみたいなことをや
っておりますから。

徳川の圧倒的な武力

この家康さんって、天下統一と同時に
『多くの敵を潰さなかった人物』でもあ
るんです。彼の手元には反対勢力を即座
に殲滅できるだけの圧倒的な武力があっ
たのですが、彼が選んだのは、冷徹な計
算に基ずく『放置』という方法。

情けをかけたんじゃなくて、関ヶ原後の
混乱を最小限に抑えて、確実に相手の力
を確実に削ぎ、無力化させる為の政治的
判断です。組織を運営するのにはとても
参考になるんですよ。

『力を削ぐ』

関ヶ原以降、家康には5人くらいの厄介
な連中がおりまして、それが、前田利長
、伊達政宗,島津義弘、真田昌幸、豊臣
秀頼。この5家を何とか大人しくさせな
ければなりません。で、取った方法が

①前田利長には母を人質に出させ、キバ
 を抜く。

②伊達政宗にはあえて付き合い、監視下
 に置いた。

伊達政宗にはあえて付き合い、監視下に置いた

③島津義弘には薩摩という遠方ゆえの妥
 協で、領地を安堵する。

④真田昌幸は助命嘆願を受け入れ、流罪
 で飼い殺す。

⑤そして豊臣秀頼には15年の歳月をか
 けて、包囲網を敷く。

豊臣秀頼には15年の歳月をかけ、包囲網を敷く

このように、家康が選んだのは、常に今
すぐ潰すことではなくて、相手の力を削
ぎ、無力化するための最も合理的な手段
。金を使うことも、兵力を使うことも無
く、時間をかけて無力化していったんで
すよ。賢いやり方です。

徳川は時間をかけて『無力化』した

まあ、家康さんの判断には、情けも怒り
もなく、ただ淡々と家の存続を図る計算
だけがあったんでしょうね。徳川260年
の平和はこうやって、戦後処理の上に築
かれたんです。

徳川260年の平和(江戸時代)

参考になるなあ!

 

 

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