「何も起こらないように努力していること」にも敬意を・・・。

クスリで治った?
歯医者さんでやっている予防とかリコー
ルは、まぁ、予防医学の分野です。
でも、予防はあまり人気がありません。
“起こらないように”努力をしている学問
なのに。
それが大切だと気づくのは、何かが
起こった時。
「あ~あ、先生の言うことを聞いていた
らよかったなぁ。」
と、起こった後で悔やみます。
考えてみたら、「抗生物質で病気が治っ
た」と説明される方を患者さんは好みま
す。
積極的にクスリを投与したら病気が
治った。
その考え方の方を患者さんは好むよう
です。
「カラダを取り巻く状況をよくしてやっ
たら病気がひとりでに良くなった」なん
て話したら、「ふぅ~ん」という反応が
返ってきて・・・。
まぁそれはいいとして、歴史は「起こっ
たこと」の連続として書かれています。
でも、人間の毎日の活動を集めたものが
歴史だとしたら、歴史の大部分は「起こ
ったこと」のウラにある「何も起こらな
かったこと」で埋め尽くされます。
だってワタクシたち、「事件が起こらな
い」ように注意して生きていますから。
だけど、何も起こらないように努力して
いることにどうも敬意を払われていない
ような気がします。
どうやらヒトは「起こったことを好む」
イキモノのようデス。
歴史も、ジャーナリズムも、「クスリで
病気が治った」と説明されることも。
そりゃあそうです。
テレビでアナウンサーが、「今日は何も
起こらなかったのでニュースはありませ
ん」なんて言ったら、スポンサーがビッ
クリして、「おい、ニュースがないなら
そこの円山動物園にでも行ってゴリラの
赤ちゃんが生まれました、とかまぁ何で
もいいから、とにかく取材してこい」と
言いそうです。
「視聴率!視聴率!」
健康であればカラダにカビが生えたり腐ったりすることはありません。

ウイルスが侵入する
日本の夏は高温多湿。
油断していると食べ物にはすぐにカビが
生えて、腐って食べられなくなります。
もしも真夏の暑い時に冷蔵庫が停電で
使えなくなったら、自宅にある多くの
有機物は腐敗と悪臭を放つハズ。
でも、こうしたカンキョウ下でも決して
腐敗しない巨大な有機物が自宅に存在す
るんデス。
それはズバリ、私たちのカラダ。
健康である限り、私たちのカラダにカビ
が生えたり腐ったりすることはありませ
ん。
腐敗って、微生物が有機物を分解するこ
とで起こる、生命活動。
つまり、彼らの仕事は腐らせること。
ではなぜ、そんな微生物が有機物である
ワレワレのカラダを分解できないのでし
ょうか。
それは、ワレワレのカラダが免疫という
キノウを持っているから。
免疫って、カラダに侵入する微生物など
の異物を排除する力のことなんデス。
たとえば空気中1㎡あたり1000個の真菌
の胞子が漂ってて、息を吸って肺に入る
と肺胞に侵入する。
すると肺胞は腐るんです。
でも、腐らない。
それは血液中を流れている免疫細胞が
ちゃんと現場で真菌の胞子をやっつけて
くれているからなんです。
スゴイぞ、免疫細胞!
雨乞いの儀式の巻

マヤ文明の雨乞い儀式
札幌に暑い夏がやってきました。
札幌のような北国は、冬の間山の上に
雪の形で水を溜めているので、年間を
通して水不足の心配はありません。
ワタクシの育った広島は、年間を通じて
降水量が少ないので、ため池をつくり、
小出しに水を使っていました。
確か年に数回、断水もあった。
昔、間違った理解をする人達もいました。
「雨が降らないのは神様を怒らせたせい
じゃ。だから神様に許してもらうための
儀式をしよう」ということで、人柱や生
けにえを捧げていました。
それを彼らはよかれと思ってやっている
んですよ。間違ったことを。
生けにえを殺さなかったから雨が降らな
かったわけではなく、フツーの気象条件
でたまたま雨が降らなかったわけで、そ
の子を人柱にしようがしまいが雨が降ら
ないんですよ。
日本で何で雨乞いの儀式がこんなにいっ
ぱいあるかっていうと、雨乞いの儀式を
すると雨が降るから。
なぜかというと、雨が降るまで雨乞いの
儀式をやるから。
そりゃあ、いつかは雨降るよね、ってい
う話デス。
だから「雨乞いの儀式をすると雨が降る
」という因果関係は正しいんです。
雨が降るまでやるんだから。
理解の浅い人は、理解できないものに何
か理由をつけてしまうので、「雨乞いの
おかげで雨が降った」と間違った理解を
しちゃう。
「わからんものはわからん、誰か調べて
!」と、誰か賢い人が結論を出すまで
待ってやればいいんですが。
お金持ちに50%課税すると、みんな外国へ行っちゃう。

ピケティさん
ピケティさんという人がいて、その人が
調べて書いた本があって、どんな内容か
というと、「金持ちはずっとお金が増え
続けます。そしてそれは、個人が努力し
て儲かるようなレベルではなく、ずっと
増え続けるんです」という内容。
1600年に教会が調べた時、6家族のお
金持ちの家があって、その家族が現在ど
うなってるかその子孫を調べてみたら、
何と2000年現在でもいまだに金持ちで
した。
そして、額は増えていました。
社会というものは、金を持っている人ほ
ど得をする仕組みのまま、300~400年
続いているということ。
まぁ、ヨーロッパではそのようです。
お金持ちの人って、お金を移動すること
は簡単なようで、例えば年収1億円の人
が50%課税されます、となると、だいた
いの人はみんな外国へ行っちゃいます。
極端に言えば、お金を稼ぐ能力のある
優秀な人ほど日本からいなくなって、
外国からはお金を稼ぐ能力のない人が
日本に来るっていう社会になっちゃう。
すると国力が落ちてしまう。
社会保障などのサービスもできなくなる。
だからお金持ちに課税するってのは、話
はわかるんですがやるとなったら難しい。
お金には羽が生えていて、世界中、居心
地のいいところに飛んで行ってしまいま
すからねぇ。
自民党はその辺のところを目をつぶって
くれてますから、お金持ちの人は自民党
が好きなんですかねぇ。
ビーズ玉をあげたらインディアンはマンハッタン島をくれた。

ニューヨークのあるマンハッタン島

自由の女神
カール・マルク〇によれば、貨幣という
のは「究極の商品」だから、お金でモノ
を買うというのは物々交換です。
昔はドレイとかきれいなサクラ貝とか、
それ自体に使用価値のあるものが貨幣に
なっていました。
ところがある時、賢い人が「あっ、貨幣
って何でもいいんだ!」ということに気
づいて紙幣になり、クレジットになり、
数字になり、あげくの果てには電磁パル
スになりました。
紙幣のことを知らない人たちは紙幣を
見て、「これ、何するものなんだろう。
鼻をかむものかなぁ?」と考えたりし
ます。
知らない人たちにとっては使用価値ゼロ
の商品だからです。
使用価値がゼロだから、誰か別の人の
持っている貨幣以外の何かと交換する。
それしかありません。
貨幣にはそれ以外の使い道がないんです
から。
チョット昔の話ですが、「大航海時代」
というのがありました。
ルネサンスの頃です。
ヨーロッパの人たちは帆船を仕立てて
新大陸を目指しました。
そこにインディアンがいて、ある時オラ
ンダ人がビーズ玉をあげたら、ハッケン
サック族のインディアンは「じゃあ、こ
れあげる」と言って、お返しに
自由の女神から見える
マンハッタン島をくれました。
今のニューヨークのある場所デス。
インディアンはビーズ玉なんて見たこと
ありません。
「きっとこのキラキラ光る玉はすごいも
のに違いない。それに見合う物は・・・
そうだ!たいして役に立たない、あのマ
ンハッタン島でもヤツラにやろうか」
と交換してくれたのです。
オランダ人にしてみれば、もう笑いが
とまりません。
ハーメルンの笛吹き男

子供たちは二度と戻って来なかった
恐怖という感情は、生物がみんな持って
いる本能で、身を守るためにリスクを
回避してきた、まぁ、「安全装置」みた
いなモノ。
「ウソをついちゃあ、いけないよぉ」と
暗に示すグリム童話があります。
あらすじは、こう。
昔、ドイツ西部ハーメルンの町はネズミ
の大群に悩んでいた。
そこに笛を持った男が現れ、市民に「私
がネズミを退治するので、報酬をもたい
たい」と申し出た。
市民は、「お願いします!」。
すると、この男は笛を吹き始めた。
不思議なことに、この笛の音に誘われ、
町中のネズミが男の後をゾロゾロと追っ
てきた。
男が川に入ると、ネズミも後を追って
川に飛び込み、溺れ死んだ。
市民は喜んだが、金を払うのが急に惜し
くなり、この男に報酬を渡さなかった。
男は怒り、「恐ろしいことが起こる」と
言い、再び笛を吹いた。
すると、その音に引き寄せられ、今度は
町中の子供たちがぞろぞろと男の後につ
いてきた。
男は子供たちを連れ去り、どこかへ消え
てしまい、二度と戻っては来なかった…。
まぁ、約束を破ったため切ない結末を
迎えたっていうお話。
「君たちねぇ、こんな恐ろしいことが起
こらないように、約束はきちんと守るん
だよ」っていう教訓説話。
ドイツ国民は、規律とか約束とかちゃん
と守る国民っていうイメージがあります。
子供の頃から母親に読んで聞かされてい
るのでしょう。
ハーメルン市の記録文書には、たしかに
「キリスト生誕後の1284年、130人の子
供たちが笛吹き男に連れ去られ、コッペ
ンで消えた」との記述が残っています。
それをグリム両教授はしっかり調べて、
この童話をつくったのだ。
Z世代あれこれ

Z世代
Z世代って、1996~2012年生まれの10~
25才くらいの世代のことを言うらしい。
アメリカから入ってきました。
Z世代は世界的にみると数が多いのです
が、日本は何せずっと少子化なもので、
少ないんです。
世界の企業は、Z世代に嫌われたらおし
まい。
Z世代向けの商品をつくれば勝てる。
まぁ、9.11(2001年)といえば、Z世代
にとっては歴史上の事件。
その後起きたリーマン・ショック(2008
年)は親の悩みで、Z世代の事件は新型
コロナやロシアのウクライナ侵攻。
ワレワレはアナログからデジタルの変革
期を体験しましたが、Z世代はスマホ一
択で、他を触ったことがありません。
この前Z世代が黒電話の数字をプッシュ
して、「反応しない!」と怒っておった。
黒電話は人差し指を引っかけて回すもの
デス。
紙の新聞も読んだことがない。
ワレワレは基本は文字メール、Z世代は
絵や動画で送る。
基本はスマホ、特別な人がパソコンを
使っている感じです。
オールスマホで、プラットホームは使い
分ける。
インスタグラムはかなり気合を入れて
撮り、ツイッターは情報、YouTubeは
学ぶところと割り切っており、フェイス
ブックはお父さんがやっているものと、
一線を引く。
Z世代はそんなのを使い分けていて、
1日5時間以上スマホを見る。
そして、キャッシュレス。
サイフは古いモノ、お金はスマホの中に
現れる単なる数字。
アマゾンプライムが当たり前な世界に
住んでいるので、すぐ届かないと怒る。
そして歯医者に行く時は、ホームページ
を見て探す。
「ホームページもないの?」とあきれる。
とまぁ、こんな感じで、これからの世の
中どうなっていくかは、Z世代の頭の中に
あるのだ。
プラスの言葉。「お前を信じている」とか「お前なら必ずデキル」。

「信じてるよ!」
お金の教育って、習ったことがありませ
んが、自分で経営するようになると色々
痛い目にあって、何となくわかるように
なります。
あるイミ、身の回りの経済学って税金の
ことじゃねぇの?と考えるようになりま
した。
また、「労働と貯金がすべてだ」という
ところから解放されて、資産形成して社
会貢献に使うというのがいいのかなぁ、
とも最近よく思います。
勉強しない子とか将来に不安を感じて
やる気のない子には、アメリカ式でこう
言うとイイらしい。
「あなたは、好きなことをして働くこと
がきっとできるようになるよ。自分のや
りたいようにして、お金をたくさん稼げ
るようにきっとなるよ。だからいっぱい
勉強しようよ。必ずなるよ。」
これです。
親が子供に言うべきことは、「お前を
信じてる」とか「お前なら必ずデキル」
という、プラスのこと。
小銭をコツコツ貯めなさいなんて言わな
くていい。
どうせ若い時の貯金は貯まらないんだか
ら。
「でっかく稼ぎなさい。いっぱい稼いで
好きなことして、その上であなたがやり
たいことをやって、社会に貢献して、
たくさんの人を喜ばせて、するとあなた
はきっと感謝される人になるから。
いろんな人を喜ばせたら、巡り巡って
たくさんのお金が手に入るよ。
あなたのアイデアがモノやサービスに
変わって、それが価値を生んで、その
価値がかえってくる。
そのお金できっと君は大きな資産を築い
て、人を喜ばし、ものすごく自由な人生
を生きることができるよ。
私はそう信じてる。君ならできる。」
そう言ってあげて下さい。
そう言われて育ちたかったから。
イスラムとグローバリズムは相性が悪い?

「テントがあった。助かった!」
先日、近くのスーパーでイスラムの方を
見かけました。
世界の人口の4分の1がイスラムなのに
、日本ではあまり見かけません。
やはり9.11のテロでイメージが悪くなっ
たせいか。
モロッコからインドネシアにかけて、
16億人もいるんですよ。
ところで、イスラム教はもともと遊牧民
の宗教で、遊牧民はテントを訪れた人を
追い出したりしません。
見ず知らずの人であっても、食事と一夜
の宿を提供して歓待する。
その方が自分自身にとっても生き延びる
上で有利ですから。
自分だって遊牧民ですから、ある日突然
荒野で食べ物も飲み物もなくなって、さ
まよう可能性は常にありますからね。
そんな時、荒野の向こうにテントがあっ
て、「水を下さい」と頼んだ時に水がも
らえるかどうかが、テントの主人の人間
性次第ということでは困るワケです。
気前のいい人と出会えば生き延びられる
が、ケチなヤツと出会ったら死ぬという
ことでは困るのデス。
どんな場合でもテントを見たら「助かっ
た!」ということでなければならない。
だから、荒野を生き延びるために必要な
ものは常に他者に与えなければならない
という道徳が身についている。
どうやらそれを「喜捨の文化」「歓待の
文化」というらしい。
聞いた話ですが、イスラム圏ではタクシ
ーに乗っている時にドライバーがミネラ
ルウォーターを飲むのをじっと見てたり
していると、必ず「飲む?」と訊かれる
そうです。
たぶんそれが遊牧民の文化。
僕たち日本人は、「砂漠では水が大切だ
から独占するのが当然だ」と考えて、
自分のペットボトルに名前を書く。
小さい頃からお母さんに自分の持ち物に
は名前を書くようにと教えられています
からねぇ。
でも、遊牧民はそうは考えない。
「砂漠では水が大切だから、私的に独占
してはならない」と考える。
文化が違うのだ。
文化が違うと言ったら、おそらくアメリ
カのグローバル資本主義とイスラムは、
相当相性が悪い。
アメリカが「君たちが信じて実践してい
るのは、全部ローカルな奇習であるので
、そういうものは捨てて、これからは
ワレワレのグローバルスタンダードに
従うように」と言っても通りませんよ。
特に金のあるヤツが偉いというのが、イ
スラムの価値観からすると、「何だ!」
ということになる。
これじゃあ衝突するのはわかる気がする。
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