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ワタクシの学生の頃の教養部

H大教養部(イメージ)

 

今の学生は、コロナの影響で大学では
リモートによる授業だと聞いています。

ワタクシが大学に入学した頃は、まず
2年間、北18条の教養部で一般教養を
学びます。

ここでは全ての入学生が単位をとって、
それぞれ専門の学部・学科に振り分けら
れて進学していきます。

いろんな教室があって、大講義室という
ところでは当時の理1・理2・理3・
文1・文2?・医・歯・水産の生徒が
混ざって講義を受けます。

当時ワレワレの歯学部は、男子学級と
言われていて、女の子は数名だけ。

ですから、大講義室でエメロンシャンプ
ーの香りの女学生と一緒になるのは、楽
しみの一つでした。

教養部の授業を受けている時、ある教授
がこんなことを言っていたのを覚えてい
ます。

「君たちのクラス、何十人も学生がいて
、何でいつも数人しか授業に出てこない
んだ?まぁ、出席している君たちに怒っ
てもしょうがないんだけどね。うちの学
校で教養部の先生方に評判の悪い学部が
3つアル。どこだと思う?その3つは、
医学部、水産学部、そして君たちの歯学
部だ!」

「昔からそうだけど、この3つの学部の
連中はどうもいかん。最低限の単位と合
格ギリギリのラインを狙ってくる。まぁ
、ハイスコアの点数は確かに必要ないん
だが。進級できればそれでいいとでも思
ってんのかね。」

「それに比べると、理1・理2・理3・
文1・文2の学生はたいしたもんだぞ。
進級するための教養部の点数が自分の
行きたい学科に直接響いてくる。人気の
電子工学科に行きたくても点数が悪けれ
ば、何とも自分の本位ではない学科に進
むことになる。彼らはしっかり授業に
出ているぞ。君たちも将来、「先生」と
呼ばれる立場になるんだから、せめて
学部に上がったらちゃんと勉強するんだ
ぞ。頼んだよ。」

ワタクシが教養時代に覚えている先生の
愛の言葉といえばこれぐらいで、あとは
確かに授業は受けていたんだけど、一体
何やってたんだろう。

たしかにH大の教養部は緩緩(ゆるゆる)
でした。

しかし、歯学部移行後は地獄の忙しい
日々が待っていたのでした。

ちゃんといいようにできているのデス。

「おじいさん忍者」

 

今から400年以上前の関ケ原の戦いで
忍者が活躍していたという記事を見て、
忍者に興味をもちました。

お盆休みということもあって、本屋さん
に行って、最近テレビでよく見かける
歴史家の磯田道史さんの本を数冊買いま
した。

この方、忍者の研究をされています。

磯田さんは「歴史のホント」の真実を知
るために、忍者の子孫のお宅をわざわざ
訪問して、代々家に伝わる古文書を読ま
せてもらっているというのです。

忍者の研究、正直困っているようで、
何しろ忍者は隠れ忍んでいますから、あ
まり資料を残しません。

忍者といえば三重の伊賀者、滋賀の甲賀
者が有名。

で、甲賀者に木村奥之助という「おしゃ
べり忍者」がいて、歴史学者には大変あ
りがたい存在だとか。

「ワレワレ甲賀者(忍者)は、全国に
ネットワークをつくるために薬売りの姿
で全国をまわったり、カゴ屋になって情
報を得たりした。

でも江戸時代になって平和な時代になっ
たこともあり、甲賀者同士は先祖代々、
昔は兄弟のようなものだったが、今は
他人同然のようになり・・・。

それまでは甲賀者といえば、忍びとして
使えるという信用が天下の人たちにあっ
たのに、今では・・・。」

このおじいさん忍者、忍者の世代交代に
悩んでいました。

古文書「甲賀未来記」にそう書いてある
のデス。

こういうミミズのはったような字で書い
てある古文書の中にキラメクような一行
を見つけて、誰も知らない真実を知った
瞬間が歴史家はたまんないんだろうなと
思いました。

「脚気・江戸わずらい・ビタミンB1・森鴎外の負け」

海軍軍医VS陸軍軍医の「脚気論争」

 

先日ビタミンCの話が出たので、今回も
ビタミンB1の話です。「江戸わずらい」
という話につながるのですが・・。

「脚気(かっけ)」は、昔日本で国民病
といわれるほど流行した歴史があります。

それにかかると神経が侵されるので、
手足がマヒしたりしびれたりする。

特に江戸時代、玄米に代わって白米が
普及すると、脚気が広がり始めました。

米の胚芽に多く含まれるビタミンB1が
精米によって取り除かれるからです。

で、脚気は原因不明の奇病といわれ、
白米が早く普及した江戸に多かったため
、「江戸わずらい」とも呼ばれていまし
た。

特に白米を食べる殿様や身分の高い人に
多く出て、玄米しか食えないような貧乏
人には少なかった。

明治になって、イギリス留学経験のあっ
た海軍軍医の高木兼寛はイギリス海軍に
脚気がないことに気付き、兵食に麦飯や
パンを食べさせた。

すると、脚気は激減。
経験と勘です。

一方、東大からドイツに留学し最先端の
医学を学んだエリート陸軍軍医の森林太
郎は、脚気は「脚気菌の仕業じゃ」と。

当時ドイツでは細菌学が盛んで、世界を
リードしていましたからね。

しばらくして、ポーランドの生化学者
カシミール・フンクが「ビタミン」を発
見し、ようやく脚気はビタミンB1欠乏症
の1つだということがわかりました。

そして海軍軍医対エリート陸軍軍医対決
は、海軍軍医、高木兼寛の勝ちという
結果に。

で、その陸軍軍医の森林太郎は、医学史
ではあまり評判のよくない人物ですが、
一般には森鴎外の名で知られる、作品
「舞姫」でおなじみの、日本を代表する
文筆家なんです。

鴨川デルタ

京都の鴨川デルタ

 

それにしても、8月に入って札幌は
昼も夜も蒸し暑かった。

ワタクシ昔、京都に住んでいたことが
あるのですが、京都も夏は蒸し暑くて
冬は底冷えがするほど寒かった。

京都は昔から、地面の下には地下水が
たくさんあって、夏は暖まるとなかなか
冷えません。

それどころか、地面から蒸気が上がって
くるので、蒸し暑い。

冬は水が冷えて地面が氷になってしまう
ので、底冷えします。

まぁ、体感としては、指のヒフの下に
氷ができている感じ。
冷たいより痛かった。

ところで、都で重要なのは、森林と川。

森が重要なのは、石油や石炭が発見され
る前は木を燃やして暖や明かりをとって
いましたからねぇ。

京都には鴨川があって、近くには水源の
ビワ湖があります。

写真は、鴨川デルタ。

賀茂川と高野川が合流して鴨川になる
地点です。

この写真を見ていると、なんだか涼しく
なってきました。

大航海時代、壊血病になる船乗りたちが多かった。

デカビタC

 

先日、家の冷蔵庫の横にデカビタ6本入
のケースがドンと置いてありました。

うちの奥さんによると、近くのスーパー
で安売りしていたとのこと。

夏になって喉が渇くと、デカビタC(サ
ントリー)のような炭酸飲料が恋しくな
ります。

デカビタCは、ちょっと大きめの、ビタ
ミンCを含んだ炭酸飲料のこと。

ビタミンC不足は、歯科で関係するとい
ったら、血が止まらないことか。

まぁたまに壊血病の方がおられますが、
観血処置をすると血がなかなか止まりま
せん。

これは、血管をつくるコラーゲン線維の
材料に必要な、特別な栄養素のビタミン
Cが不足するから。

昔、大航海時代に船乗りたちがよく壊血
病になっていました。

ビタミンC不足の人たちがそのまま船に
乗ると、血管をつくる時に必要なソシキ
の間を埋めるコラーゲンが不十分で出血
しやすくなるんです。

船の上では、長い間、新鮮な野菜や果物
が食べられませんものね。

当然ビタミンCは不足するわけですよ。

ヒトのカラダは35億年かけてできた「答え」です。

35億年の答え

 

この季節になると、至るところにタンポ
ポやポプラの花粉が飛んでいます。

今年は新型コロナウイルス対策でマスク
をするから、耳鼻科の先生によると、
花粉症の患者さんが減ったトカ。

タンポポのように根をはって動けない
モノ達も、いろいろ知恵を出して子孫を
残しています。

ワレワレも含めて、植物も動物も細菌も
、生き物は35億年の間地球上でいろん
な目に遭ってきました。

それを通り抜けて生き延びているので、
たぶんワレワレ生き物はそういう問題集
の「答え」なのだ。

だから自然を見ているというのは、答え
を見ているということになる。

「木の葉っぱは何であんな風についてい
るんだろう」と考える。

考えても仕方がありません。
それが答えなのだから。

光合成やって生きているので、2枚重な
っている葉っぱなんてありません。

いろんな計算をさんざんやって、35億
年で出した答えが今、目の前にある。

新型コロナウイルスでかなりヒトはやら
れています。

でも、ヒトは35億年かけて生き残った
勝者。

ヒトのカラダってヤツは、ウイルスに
さんざん痛い目に遭わせられて、それで
も生き延びてきた、いわば「答え」なの
ですから。

よくできているハズなのです。

「知る」ということは「自分が変わる」ということ。

井の中のカワズ大海をシッタ

 

江戸時代のお百姓さんは、子どもに「勉
強せえ!」と言わなかったそうです。

世の中があるイミ安定してて、フツーの
親の職業を継いできちんとやっていかな
いといけないので、その時うっかり「勉
強せえ!」と言って、その結果学問をし
て考えが変わっちゃったらどうするか。

お百姓さんは毎日過酷な肉体労働をやっ
ているワケで、そういうのがバカバカし
くなって、もうやらなくなるんじゃねぇ
かと心配するワケです。

そして家を飛び出して、帰ってこない。

だから江戸時代は、「知る」ってのは
危険なことでした。

今は「知る」ってのが危険じゃないから
、安心して親は「勉強せえ」と言える。

ワタクシの過去を振り返ってみれば、
うちの死んだバアさん、明治生まれで、
「まぁそこそこ勉強して、地元の先生か
公務員にでもなって家を継いでくれれば
ええ」と思っていたようです。

ワタクシも高校を卒業するまでは、「ま
わりもそうしているし、オレもそうする
んだろうな」と思っていました。

が、卒業後、まわりの連中と深く交わる
につれて、「もっと違う世界があるんじ
ゃねえか?」ということに気づいてしま
ったのデス。

「変わった」としたら、多分その頃。

その後、家族のコトを考えると、ずっと
「自分は最低だな」と思っていたのです
が、今は亡きうちの両親もそんな「変わ
った」自分をよく応援してくれたなぁと
思う。

外国人に参政権を与えたら、ハワイ王国が乗っ取られてハワイ州になった。

ハワイ王国

 

ロシアがウクライナ東部のある州で、
住民投票をするとかしないとか。

このニュースを見てワタクシ、昔、ハワ
イ王国が乗っ取られてアメリカのハワイ
州になった話を思い出しました。

そもそも昔、日本とアメリカの間にハワ
イ王国ってのがあって、今はアメリカの
州の一つになっているのですが、何でな
ったかというと、もともとハワイという
独立国だったんですが、で、そこには
軍隊がいなかったんですよ。

そこにアメリカ人がいっぱい働きに来て
、アメリカ人に対して投票権を与えたん
です。

外国人でもハワイに住んでいるんだった
ら、別にいいじゃんということで、参政
権を与えた。

するとハワイ内で誰が起こしたかわから
ないんですが、内乱が起きたんです。

そこでアメリカ軍が出動して、内乱をお
さめ、ついでにハワイの国王を監禁しち
ゃった。

で、憲法を変えたんです。

「アジア人が多くなっているから、アジ
ア人に投票権を与えるのはよくないね」
って。

で、アメリカ人とかヨーロッパ人の参政
権はOK。

ハワイ人に関しても、お金持ってないハ
ワイ人に参政権を与えるの、よくないん
じゃない?ということで、ハワイ人であ
っても財産・資産を持っているハワイ人
に限って投票権を与えるってのを加えた
んです。

だから、投票権を持っているのは、アメ
リカ人とヨーロッパ移民と、一部のお金
持ちのハワイ人。

今、日本国内のスーパーに行ったら、
ドールって会社のジュースが置いてあり
ます。

そのドールがハワイでぶりぶり言わせて
、ハワイの果物を輸出したりハワイの
ジュースを作ったり、ハワイの金持ちが
ドールと一緒に仕事をしてお金もらった
りするので、ドールが巨大になった。

ある日ドールの社長さん(アメリカ人)
が、「オレ、ハワイの大統領になりたい
んだよね」って言い出した。

で、ハワイの有権者が投票したら、ドー
ルさん、めでたくハワイの大統領になっ
ちゃった。

で、彼はハワイの憲法を変えちゃった。

その後、アメリカ人であるドールさんは
「やっぱ、オレらアメリカの属国になる
わ」と言って、アメリカの州になるって
いう決議をした。

民主的にしたんですよ。
で、ハワイ王国は滅亡。

後でアメリカ議会は謝罪しているんです
よ。

「あん時はゴメンね、ハワイの皆さん」
って。

外国人に参政権を与えたら結果的に国が
乗っ取られちゃった、という話でした。

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