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「てんかん」は、脳の活性化が上がってワァーッとなっちゃう。

 

滅多にないことですが、患者さんで
意識を失う方がいます。

以前、「先生、私たまに意識を失うこと
があるんです。でも気にしないで下さい。
10秒~数分で戻りますから」と言われた
ことがあります。

ある日ブラッシング指導をしていた時、
急にその方、反応がなくなって、眠った
ようになった。

そして約十秒後、「先生、すいませんで
した、今気を失っていました」と、他人
事のように。

最初の頃は驚きました。

音もなくやってくる。
コレ、「てんかん」です。
昔からあります。

ソクラテスもそうでした。

プラトンの「シンポジオン(饗宴)」の
中に書いてあるのですが、ソクラテスが
階段を上がりかけて途中で急に立ち止ま
ったり、道を歩いている時、突然パッと
止まってしまう。

ソクラテスは時々、小発作を起こしてい
たらしいのデス。

「てんかん」の小発作というのは、その
瞬間に頭の中が空白になる。

それですぐ治まるんですけど、何かある
んですね。
きっと頭の中で何かが起こっている。

幻覚があったり、幻聴があったり、人に
よって違うと思うけど。

イシキがなくなっちゃいますから大変
です。

まぁ最近はギリシア時代とは違って、
いいクスリがありますから、ほとんど
問題ありません。

「てんかん」はどうも脳の活性化が上が
って、ワァーッとなっちゃう。

そうすると脳全体がケイレンするので、
結局統制とれなくなってバッタリいって
脳のブレーカーが落ちる。

しばらくすると勝手にブレーカーが
上がる。

「聖書」の場面がありありと見えるとか
、「聖書」の言葉が聞こえてくるとか昔
の本によく出てくるけど、まぁアレ、信
心深い人に多いんでしょうけど、ああい
う凡人にない才能って、てんかん気質と
結びついているんじゃないかな。

江戸の田沼時代はよかった、恋川春町の場合(後半)

 

浅間山大噴火と前年の凶作が合わさって天明の大飢饉

 

      【続きです】

でも、『黄表紙』で新たな展開を始めた矢
先、天明3年(1783年)7月、浅間山の大噴
火、前年からの冷害により、凶作が深刻
化。およそ30万人の餓死者が出た。これ
が天明の大飢饉。で、老中の田沼意次が
辞め、新たに松平定信が老中に就任。

定信が出したのが、質素倹約。ぜいたく
禁止が武士だけじゃなくて、町人まで徹
底的に行われた。

松平定信(左)と田沼意次(右)

まあ、これには狙いがあって、結局、農
民がどんどん江戸に出て行くと、農村が
ガラガラになってしまう。それから江戸
にはいろいろな娯楽がある。だから、一
回江戸に出たらもう戻りたくない。する
と、年貢も思う様に取れなくなってしま
う。飢饉の影響もあって、多くの農民が
江戸に流入。農民を田畑に帰し、これま
で通り、年貢、米を作らせるには、江戸
が魅力的な町であってはならない。定信
はそう考えた。

農民がみんな江戸に向かうと、米を作る人が減って年貢(税収)が減る。

そんな世相を題材に、蔦重は狂歌仲間に
黄表紙が出せないか、執筆を持ちかけた
。その一人が恋川春町。

恋川春町

彼は『オウム返し文武二道』を描いた。
舞台は平安初期。醍醐天皇を補佐する菅
秀才は兵を鍛え直す為に、源平時代から
源義経、源為朝、室町時代から小栗判官
を呼び出し、指導を依頼する。

『しかし、私たちはずっと後の者ですが
、宜しいのですか?』

『ここは黄表紙の世界だから、気にする
でない!』

『オウム返文武二道』源義経・源為朝・小栗判官門人の武芸の稽古。

こんな感じで黄表紙はドンドン売れた。
しかしですよ、『オウム返し文武二道』
を描いた恋川春町は急死。幕府から出
頭命令が出ていたので自決したという
ウワサなんですよ。今みたいに民主主
義じゃないですから、本を出すのも命
がけだったんですね。

      おしまい

江戸の田沼時代は良かった、蔦唐丸、四方赤良など(前半)

『耕書堂』

江戸の田沼時代は商人にとってイイ時代
でした。名編集者の蔦屋重三郎は34歳の
時、日本橋通油町に『耕書堂』と言う店
を構えました。

『黄表紙』は現代のマンガのルーツ

ところで、蔦屋重三郎って名前は一般名
みたいなもんで、養子として引きとって
貰った家の家号が蔦屋。蔦屋って言う苗
字は当時そこら中にありました。今のど
こにでもある田中さんみたいなもんです
。重三郎の重は、お父さんの名前が重助
で、3番目に生まれた男の子なので、
重三郎。

NHK大河『べらぼう』の蔦屋重三郎

まあ、それはいいとして、蔦重は吉原の
小さな貸本屋から一流どころと肩を並べ
る版元に成長したんですよ。で、その頃
、蔦重は江戸で流行していた狂歌を詠む
仲間と親交していました。武士から町人
まで幅広くね。

例えば、四方赤良(よものあから)、この
人武士の大田南畝(なんぽ)と言う人で幕
府勘定方の役人。

四方赤良は幕府勘定方の武士・大田南畝

手柄岡持(てがらのおかもち)、酒上不ら
ら(さけのうえのふらら)も武士。

宿屋飯盛(やどやのめしもり)は町人で旅
館の主人。

宿屋飯盛は町人で旅館の主人

そして、蔦唐丸(つたのからまる)、これ
が蔦屋重三郎の狂歌師としてのペンネー
ム。

蔦唐丸は蔦屋重三郎の狂言師のペンネーム

身分の差を越えて交流する狂歌仲間。そ
こで、優れた文才の持ち主と出会った、
蔦重は彼らに執筆を依頼するようになっ
たんです。

当時、蔦重が出版に力を入れていたのが
『黄表紙』。絵を中心に余白に洒落や風刺
を効かせた文章をつずった絵物語。現代の
マンガのルーツなんですよ。

       【続く】

『裁判所ですが、院長先生いますか?』

怖ろしい電話がかかって来た

先日、裁判所からうちの歯科に怖ろしい
電話がかかって来ました。

『裁判所ですが、院長先生いますか?』

スタッフ
『先生、裁判所からお電話です。』

『先生!裁判所からお電話です。』

ドキッ!裁判所?何か悪い事したっけな
あ?思い当たるフシはないぞ。クルマの
来ていない道路を赤信号を、無視して歩
いたアレか?小学生や子供のいる前では
大人としてルールを守っているんだけど
・・・。いったい、何だろう?怖わっ!

『いったい、何だろう?怖わっ!』

恐る恐る電話を取ってみると、
『裁判所のレセプト審査のものです。
先日、うちの職員の○○が、貴歯科医院
にかかったと思いますが、レセプトに6
月生まれなのに、8月生まれと記載され
ておりまして、カルテを直しておいても
らえませんか?』という内容でした。

カルテ

な~んだ、レセプトの記載ミスか!
カルテを引っ張り出して調べてみたら、
ホントに8月生まれと書いてある。
レセプトってのは氏名・性別・生年月日
・保険者番号・被保険者番号のどれか一
つでも記載が間違っていますと、返却さ
れるんですよ。

裁判所のレセプト審査の方々、お手を煩
わせてしまって、誠に申し訳ございませ
んでした。

『警察の者ですが・・・』

『税務署の者ですが・・・』

『警察の者ですが・・・』とか
『税務署の者ですが・・・』とか、まあ
こんな怖ろしい電話、オオカミの電話よ
りもコワイんですよ。心臓に悪いんです
よ、ホント。

せなけいこの『おおかみのでんわ』

『○○ちゃん、悪いことをしていると、オオカミから電話がかかって来るわよ。』『ママ、お願いだから、オオカミに電話して来ないでって言って!』

吉原遊廓では『ありんす言葉』を使う

吉原遊女は『ありんす言葉』を使う

江戸吉原遊女の日常生活の話です。吉原
では農家の貧しい娘を買って来る。ブロ
ーカーは買った娘を吉原に引き渡す。
そして『ありんす』と言う言葉などを学
ばせる。吉原のことを外の人は『ありん
す国』と呼ぶ人もいる。どこの農村から
連れて来られたか知らない、いろんな場
所から、いろんな事情をかかえて来た女
の子が吉原にいます。

吉原ではスタートラインは皆同じ。遊女
たちの出身地を隠すために、あえて遊郭
方言の『ありんす言葉』を作って、それ
を女の子が小ちゃい頃、先輩遊女が教え
込むんですよ。

『ありんす=あります、~です』
『おいでなんし(いらっしゃい)』、
『わっち=わたし』
『主=あなた様』
『あがり=お茶』
『馴染み=慣れ親しんだ人』。

NHK大河『べらぼう』高級遊女の花魁・花の井

高級遊女は3回来ないとコトをしない。
初回(目も合わさない)、
2回目(裏を返す、同じ女郎を指名する)
3回目(馴染み)

馴染みになったらコトにおよぶ。

17歳頃になると、正式に遊女となって、
ここから正式にお客を待つ。ところで、
遊女たちの運命は次の3パターン。

江戸時代後期の吉原

①身請け。コレ、客としてやって来た、
メチャメチャ金持ちの人がいて、その遊
女の生涯の稼ぎを全部負担して結婚。こ
れがあると何年目であろうと吉原を脱出
できる。でもこれはごくごく一部。NHK
大河『べらぼう』にでて来る花魁・花の
井は全盲の高利貸し・鳥山検校に
1億4000万円で身請けされた。

1億4000万円で身請け

②死亡。無縁仏として、近くの浄閑寺に
葬られた。吉原の遊女を継ぎから次へと
葬るから投げ込み寺とも言われたとか。
この頃の吉原遊女の平均年齢が22歳。

③年季明け。10年勤めあげれば、吉原を
出ることもできるし残ることもできる。
実家が引き取ってくれないこともある。
幕府非公認の遊郭・岡場所の私娼になる
こともあった。

まあ、こんな感じでありんす。

足抜け(脱走)しようとするとひどい目にあう。

ところでね、昭和の金持ち奥様の口癖と
いうイメージの強い『~ざます』も元は
と言えば、遊女の言葉なんですよ。

ガン細胞だけが消える、『光免疫療法』

光免疫療法

理論上、ガン細胞だけをピンポイントで
壊し、正常な細胞を傷つけない光免疫療
法があります。『第5のガンの治療法』
コレ、標的のガン細胞に微小なダイナマ
イトを仕掛けて、あとはスイッチを押し
て爆破する。ただ、それだけ。極めてシ
ンプル。

ダイナマイトを仕掛けて爆破する

ガンの治療法では、標準療法と呼ばれる
『外科療法』『放射線治療』『化学療法
』そして、この前ノーベル賞を取った、
本庶佑先生のオプジーボで有名な
『ガン免疫療法』などがあります。
で、この『光免疫療法』が5番目のガン
治療法と言うわけです。

光免疫療薬を投入して光を照射する

まあ、化学や医学の発見には偶然がつき
もの。ニュートンの重力の法則も、偶然
リンゴが木から落ちるのを見て、コレ、
『地球が引っ張ってんじゃねえ?』と
気ずいた。

ニュートンは重力の法則を偶然、気ずいた

コペルニクスの地動説もそう。望遠鏡で
太陽や月、惑星などを観察していたら、
みんな自転していて、ひょっとして地球
も自転してるんじゃねえ?と言うものだ
し、

コペルニクス。地球も他の星と同じく自転?

ジェンナーのワクチン発見だって、牛痘
にかかった人間は、その後、天然痘にか
からないと言う農民の言い伝えを天然痘
の予防に使えないかと研究したら、でき
たワケだし、そう考えると意外とみな
シンプル。

牛痘にかかった人は天然痘にかからない?

この「光免疫療法」の発見もやはり偶然
。もともと、治療法を研究していたわけ
じゃなくて、ガン細胞の表面にくっつく
物質を使って、細胞だけを『光らせる』
研究をしていたら、あまりよく光らずに
ガン細胞が壊れちゃった。光らせるのが
目的なら、確かに実験は失敗。でも、こ
の光、ガン細胞に効いた。まあ、硬貨に
は裏表があり、表は使えないけど、裏が
使えた。

硬貨の表は使えなかったが、裏が使えた

どうやら、光らせる薬を作っていたら、
その副作用の方が、他の病気の治療に役
に立ったというコトのようです。

ワンコイン悦楽堂の竹信君のこと

尊師(竹信くん)のイメージ。ハイデッガー?

恐るべき読書量を誇る作家、高橋源一郎
さんって方がいます。
彼に、竹信悦夫くんという中学時代(兵
庫の私立N中)の同級生がいて、彼の
部屋に遊びに行った時のことが『ワンコ
イン悦楽堂』(竹信悦夫著)という本の
、源一郎氏の書いたあとがき付近の対談
のところに書いてあった。

読書量が半端じゃない、高橋源一郎氏

    *******

中2の終わりになって尊師(竹信くんの
こと)の家に遊びに行ったんですよ。
今でも覚えているのは、竹信くんの本棚
に谷川雁の『影の越境をめぐって』
『原点が存在する』『工作者宣言』が
あったんです。

竹信君の書棚には知っている本が1冊もなかった

中学生ってこういうのを読まなきゃいけ
ないんだと。今考えてみれば、間違って
いますけど。それでね。そこにある本の
タイトルをね、僕は竹信君と話をしなが
らチラチラと見て暗記して、帰って本屋
へ行って探す。『原点が存在する』だな、
アンリ・ルフェーヴルだな、とか。

しかも尊師の竹信君は何もおっしゃらな
い。「ルフェーヴルはおもしろいなぁ」
くらい。で、僕は「そうか、読まなきゃ
追いつけないぞ!」の繰り返し。
永遠に追いつけないなと、その時思った。
だって、竹信クンのあの大きな本棚に
詰まっている本、あの中に知ってる本が
1冊もなかったんだもん。そびえ立つ
本棚をバックに話す竹信クンには、後光
が差しているように見えましたよ。

尊師・竹信君のうしろに後光が差して見えた。

    *******

まぁ、竹信くんの書棚の中でどれだけ彼
がホントウに読破していたのかは永遠の
謎ですが、「後光が差して」見えたとい
う高橋源一郎さんの教化されやすい体質
が、結果的に恐るべき読書量を誇る作家
、高橋源一郎を生み出したようデス。

中学生くらいになれば、親よりも友達、先生、先輩の影響を受ける。(写真は若きビルゲイツ)

小学生までは親のエイキョウを受けるも
のですが、中学生ともなれば、計り知れ
ない程、友達や先輩、先生方のエイキョ
ウを受けるんですよ。世間から学ぶんで
すよ。もう親の出る幕はありません。
絵本作家の『あきびんご』さんも同じ様
なことを言っていました。

       おしまい 

ランプ大統領とスキー大統領の首脳会談が決裂!(後半)

     【続きです】

スキー大統領が会談終了の5分くらい前
にホッとしたのか、油断して、『コーラ
国の大統領は何もしてくれない!』と、
つい言っちゃった。
『オ○マ、ランプ、バ○デン。』

その時、ランプ大統領は『オレも入って
るのか?』『オレは当時、ホワイトハウ
スにいなかったぞ!』

ランプ大統領、『オレも入っているのか?』『オレはホワイトハウスにいなかったぞ!』

すると、コーラ国のバ○ス副大統領が
『失礼なコト言うな!』そこからぐちゃ
ぐちゃになって、口論に火がついて、ラ
ンプ大統領はカッカして、スキー大統領
に思わず『出て行け!』と言っちゃった
。で、軍事支援が一時停止に。で、首脳
会談がおじゃんに。

バ○ス副大統領の『失礼なこと言うな!』は通訳を入れると、同じ表現が『無礼だと思います』という柔らかい口調に変わる。

『出て行け!』と言われて、お供一人に付き添われて出て行くスキー大統領。

『何、これ?』こんな首脳会談、見たこ
とない。だいたい首脳会談って失敗する
ハズがないんですよ。事前に事務方がお
互い擦り合わせて、中身は出来ている。
あとは大統領がメディアの前でサイン、
握手、笑顔で終わり。あとは通例のお食
事会。

『何、これ?こんな首脳会談見たことない。』

まあ、考えてみれば、最後にはランプ大
統領が出て来なければ、ウォッカ国と交
渉できない。いくらヨーロッパ勢が頑張
ったところでウォッカ国と交渉できない
。○ーチン大統領は相手にしないしね。
だから最後は○ーチンとランプが交渉を
やるしかない。最後にそれをスキー大統
領が呑めばOK。

最後はこの二人の交渉にすべてがかかる。

メディアもメディアでランプ大統領のこ
とを悪く言い過ぎ。よくよく考えてみた
ら、バ○デン大統領の時には何もできな
かった。それに比べたら、ランプ大統領
は和平の方向に動いてるからまだいい。
スキー大統領が和平の準備ができれば、
交渉できるっていう逃げ道も作ってある

ご心配なく。AIの合成画像です。

スキー大統領が『和平の準備はできまし
た。』と言えば、黄青国はチョット損を
するかもしれないけれど、ウォッカ国が
安全保障さえ約束してくれれば、取り敢
えず両国の戦争は終わりに近ずくんじゃ
ないかな?

今の話は世間で誰かさんが言っていた話
ですが、私には妙案があって、それは何
かと言うと、まあ、あり得ないのですが
コーラ国が一時的に黄青国を併合する。
つまり一時的に黄青国がコーラ国の黄青
州になる。ハワイ州のように。すると
ウォッカ国は、実質的に黄青国がコーラ
国の一部となるので手が出せない。

昔、敗戦後、7年間のあいだ日本はアメ
リカの実質支配下に置かれました。で、
ロシアは日本に手を出せなかった。
まあ、これはワタクシが勝手に考えた
戦略。まあ、あり得ませんけどね。   
       

       おしまい

 

 

 

吉原遊郭の花魁(おいらん)ー散茶が花魁になったー(下)

客を茶屋まで迎えに行くイベント『花魁道中』

                【続きです】

だいたい、太夫・格子と遊ぶための料金
があまりにも高くなりすぎたせいで、そ
のうち不景気になって、太夫・格子の身
分が消滅しちゃった。何しろ、このラン
クで遊ぶと、一晩で何百万円もフッ飛ん
で行きましたからねえ。

太夫・格子クラスと遊ぶと一晩に何百万円もフッ飛んでいった。

すると、散茶・局・切見世の3つが残り
、そのうちトップの『散茶』が『呼出』
・『昼三』・『附廻(つけまわし)』に細分
化していきました。

『局』は座敷持・部屋持に分かれ、
『切見世』はそのまま、ずっと底辺。
何だかんだあって、旧散茶が遊女ランク
の頂点になりました。

旧散茶が最高ランクの遊女になり、『花魁』と呼ばれた。

ここに旧散茶を頂点とした新たな階級ピ
ラミッドが成立しまして、旧散茶の3ラ
ンクのことを総称して、『花魁』と呼ぶよ
うになったんですよ。

花魁の中の最高ランク『呼出』は茶屋か
ら呼び出されないと、決して出て行っち
ゃいけない遊女の最高ランク。

『昼三』は遊女と遊ぶ料金が昼も夜も三
分です。(ふつう昼の方が料金が安いもの
ですが、このクラスは昼も夜も同じ料金
です)1両=6万円だとすると、1両=4分
なので、3分=4万5千円ということに
なる。

『呼出昼三』という言い方もあったそう
でNHK大河『べらぼう』で小芝風花さん
が演じている花魁・花の井は
『呼出昼三』でありんす。

NHK大河『べらぼう』の『花魁』・花の井は『呼出昼三』です。

で、呼び出しがあった時に、後輩の遊女
や遊女の卵を連れて茶屋まで客を迎えに
行くイベントがありまして、この客を迎
えに行くイベントのことを『花魁道中』
と言ったんですよ。

茶屋まで客を迎えに行くイベントのことを『花魁道中』と呼んだ。

近日中に、吉原遊女の日常・生涯のこと
を書こうと思います。

                            おしまい

吉原遊郭の『花魁(おいらん)』ー散茶が大人気ー(中)

 

京都島原の葵太夫

      【続きです】

『太夫』というのは、例えば、お茶さん
にお客が来た。お茶屋さんから呼び出し
がありました。妓楼の自室で客からの呼
び出しを待ち、呼び出されたら妓楼を出
る。決して安売りはしない。それが太夫

他の遊女はどうやるかと言うと、張見世
をやる。張見世って妓楼の1階部分で道
路に面している格子付きの場所で、通り
すがりのものに愛想を振り撒いて、気に
入ってもらったら、決定みたいなアレで
す。太夫は張見世はやらない。これが最
高ランクの女・太夫。

最高ランクの太夫は張見世をしない。

次に『散茶』。実はこれがメチャメチャ
重要なんです。粉末状になったお茶のこ
とを散茶と言います。散茶は急須を振ら
ないで、お茶を注ぐだけで、美味しいお
茶ができるので、決して客を振らない遊
女のことを『散茶』と名ずけられました
。散茶ランクの遊女は吉原の外のお風呂
場出身の人が多かったトカ。

吉原遊女の階級ピラミッド。散茶がのちの花魁に替わった(オガワデザイン事務所)

上位(太夫・格子)の遊女はツンツン、お
高く留まっているのに、散茶の遊女は愛
想がよくて、柔らかな物腰なので、吉原
の中でも人気が高かったんですよ。

『局』は妓楼の中に自分の部屋を持つ遊
女のこと。

『切見世』仕切りは何とふすま1枚。隣からの声が筒抜け。

そして、一番下の『切見世(きりみせ)』
は逆に自分の部屋は持ってなくて、大部
屋をついたてで仕切った区画の中でお客
の相手をする遊女。

これが18世紀前半の遊女のランクなので
した。これをマーケットが評価したのか
どうか知りませんが、いいものは残り、
必要じゃないものは消えて行ったんです
よ。太夫・格子が消え、散茶が繰り上が
り、花魁になったわけです。

       【続く】

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