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姿は違いますが、中の形は似ています。

 

比較解剖学者のポルトマンという人が言って
た話です。

彼は動物の形をゲシュタルト(姿)とフォル
ム(形)に分け、「外から見た姿はずいぶん
違うようだが、中の形は似ているよ」という
ことに気づきました。

例えばカブトムシの角。

メスのカブトムシは立派な角のオスを選ぶ
ようです。

角が何かの役に立つかどうかはメスに聞いて
みないとわかりませんが、メスはそれがイイ
と言っている。

それが重要らしいのです。
外から見える姿が大切。

「パッ」と見て、足が長くて背が高くてイケ
メンで、顔が小さい若い男の子。

これも一つの才能。
姿が大切です。

性が関わってくると子孫の数に直接エイキョ
ウしますから。

だから姿は、お相手に気に入られるように
急速に変わる。

ところが肝臓や腎臓のように目に直接触れ
ないものは、キノウ優先。
姿なんかどうでもよい。

まぁ、見えないものは経済的にキノウしてく
れればいいワケで、極端に言えば、とにかく
働いてくれさえすればいいのデス。

まぁ、そんな話。

お部屋の案内現場でバッタリ出会った!


   合格発表の後すぐ部屋探し

 

ワタクシ事で申し訳ありません。

地下鉄北18条駅の真上に古い小さな2DK
のマンションがあるのですが、そこで3月半ば
の日曜日、カーテンの取り付けやPOPの貼り
付け等の作業をしていました。

すると突然ドアが開いて、3人組の方が
入って来られました。

3人ともビックリ!
ワタクシもビックリ!

部屋へ入って来られた3人は、今年H大に
受かった新入生の男の子とそのお母様、そ
して部屋の案内役のH大生協ルームガイド
の担当の方でした。

お部屋探しに来られたのです。

このお部屋の履歴はワタクシが一番よく知っ
ているので、ちょっとだけお話しました。

実はこの部屋、出世部屋なのです。

本州からH大にやって来た子どもたちは
4年間を広大なキャンパスで伸び伸び過ご
し、たくましく成長して本州の大手企業や
官庁に羽ばたいていく。

そんな話をよく聞きます。

「おめでとうございます。よかったですね」
お母様がとても嬉しそうでした。

その後3人の方々、他の物件を見に行かれ
ました。

そこで、途中だったカーテンの取り付け
作業を再開。

すると数分後、不動産やさんから「申し込
みが入りました」という電話が・・・。

「さっきのお母様方、気に入ってくれたんだ」

お部屋の案内現場でバッタリ会うなんてこと
滅多にありません。

ワタクシもどんな子かなんとなくわかった
し、新入生の親子さんたちもオーナーの顔が
少しでも見れて安心したんじゃないかな。

とにかく、ヨカッタ、ヨカッタ。

男の子・女の子


 6年生になるとお姉さんっぽくなる
      (イメージ)

 

久しぶりに来院される患者さんを見て驚く
ことがよくあります。

ある患者さん、小学2年生、3年生のイメ
ージだったのが、もう小学6年生。

身長も伸び、言葉遣いも表情も、幼い顔つ
きも変わり、もはや立派なお嬢さん。

「同級生の男の子って、バカなことするで
しょ」と尋ねたら、「はい、そう思います」。

小学生も高学年になると、男の子は精神的
にも身体的にも明らかに女子が先を行って
いることに気づきます。

1つか2つ上のお姉さんたちに囲まれてい
る気になるものです。

小学生だとはいえ、思春期に一歩足を踏み
入れた女の子です。

大人の男性にとっても、思春期の女の子は
扱いに手を焼く存在。

ましてや小学生の男の子がまともに相手に
できるハズがないのだ。

かくして学校では同い年のお姉さんたちに
囲まれ、女性から見下ろされていると感じ
てしまう。

まぁ、ものの本によれば、18才くらいに
なると男の子は女の子に追いつくといいます。

ところで男子の場合、ちょっと道を踏み外
してもいつか自分で戻ってくることが多い
のですが、女子の場合、一度道を踏み外し
てしまうと先生や親の手に負えないところ
まで行ってしまうことがあるようです。

男子と女子では、道を踏み外した時のリス
クが違うらしい。

そのため、女の子なら早めの介入が必要に
なります。
男ならギリギリまで見守ることができるのに。

医療はもともと一種の呪術

 

歯医者さんとこではないんですけど、小麦
粉にサトウをまぶしただけのプラセボ(偽
薬)を飲んでもらっても、患者さんの何割か
は治ってしまいます。

暗示にかけられただけでカラダ中の化学的な
ソシキまで変わってしまう。

まぁ、自己治癒力です。

その気になっただけで治る能力が人間には
備わっています。

小さい頃を思い出すと、ワタクシの地元では
医者は白衣や聴診器という小道具を使って、
大きい肘掛け椅子に座っていました。

患者さんは丸くて小さいイスに座って、服を
まくり上げて震えていた。

医者はなかなか患者の方を見向きもしないで、
ワレワレには理解できない外国語でカルテに
何か書き込んでイル。

診療室に入った瞬間にそうやって患者さんは
そんな関係の中に放り込まれてしまう。

医者はワレワレから見ると、「謎の知者」な
ワケです。

新米でも治療歴半世紀の名手でも、それは
同じこと。

医者の実際の技術や見立ての確かさよりも、
病院という何か得体の知れない舞台装置の
ようなものの中に患者さんが放り込まれて、
先生の言うことをだまって聞いている。

医療って、もともと一種の呪術から始まった
ワケですから、まぁそれもアリなのかなぁと
思う。

保育園歯科検診に行ってきた。


   アンパンマンシリーズの枕

 

3月26日(火)は、保育園の歯科検診に
行ってきました。
午前中は東区、午後は白石区。

この日は午前中から雨。
スタッフと一緒にクルマ1台で出発。

滅菌したデンタルミラーと探針を用意し、
西川産業のアンパンマンシリーズの抱き枕を
5体風呂敷に包んで、検診場所へ。

保育園の先生方の協力もあって、スムーズに
検診が進みました。

1才に満たない子供で、怖がって口を開けて
くれない場合、一瞬で口の中の歯の状態を
見極めなければなりません。

3才、2才、1才の順番に診ていく。
年下の園児は、年上の先輩たちの姿を見なが
ら学んでいく。

とはいっても、3才くらいまではまだ自己中
なので、まだまだ難しいのです。

保育園の先生たち、エライなぁと思う。

ところで、今回の検診で、30センチ位の
台に園児をゴロンと横に寝かせてもらったら
検診がスムーズにいくことがわかりました。

生きながらえるのは生殖細胞だけ。

 

 

養老孔子さん(仮名)は解剖学の大先生。
彼の書いた本を読んでいたら、おもしろい
考え方だなぁと思うのがありました。

以下、文。

「男女はほんとうは生殖細胞の奴隷である。
脳はそれが気に入らない。だからいろいろ
反抗するが、つぎの世代を作って脳は終わり
である。作らなくたっていずれ終わり。生き
ながらえるのは受精した生殖細胞だけで、あ
との細胞はいずれ寿命が尽きて必ず死んでし
まう。あなたも私も、子どもが育て終われば
あとは不要。不要な証拠に生殖年齢を過ぎれ
ば誰であれ、必ず老化して死んでしまう。個
人の生活では脳はいばっているが、百年もも
たずに死んでしまう。生殖細胞はその前にさ
っさと逃げ出し、新しい個体を作って次の生
殖細胞の準備をしている。生物学的には生殖
年齢が過ぎたらあとは余生。孫の面倒をみる
というのは生物としてはかなり高級で、多く
の生物は子どもの面倒すらみない。今生きて
いる生物は数十億年の歴史を持っている。そ
の間滅びずにきたわけだから、生き残る秘訣は
今生きている生物にきけばイイ。滅びそうにな
ってもそこをすり抜けてきたはずだから。」

深い考え方だなぁと思いました。

アイサツをするということは評価が上がる?

 

 

アイサツは大切です。

ワタクシが歯周病の医局にいた頃、うちの
教授、どんな人にもアイサツしていました。
たとえ、掃除のオバサンにでも。

アイサツを誰にするかと言えば、もちろん
声をかける相手。

でも、アイサツはその人だけじゃなくて、
世間がアイサツする人を見る機会でもある
んです。

ワタクシもしっかり見ていました。

掃除のオバちゃんに頭下げて何になるんだよ
・・・そう考える方がいるかもしれませんが、
でもよく考えてみたら、コストはゼロ、”ただ”
なんです。

1円も使うことなく評価を上げることができる。
そんなのは、この世の中にめったにありません。

ちゃんと「わかっている」人たちは実践してい
るのデス。

素朴なギモン「ハトはどうしてみな同じ向きにとまっているの?」

     
                         マリリン・モンロー

 

空を見上げると、電線によくハトがとまって
います。

よく見れば、みんな同じ向き。

今まで特に何も考えていなかったのですが、
先日、Eテレのピタゴラスイッチを見ていた
時、「ハトはどうしてみな同じ向きにとまって
いるの?」という歌がありました。

それによりますと、どうやら風の向きが関係
しているそうで、自分に向かって風の吹いて
くる方向に頭を向けるのです。

順方向です。

これが逆なら、羽根の中に風が入ってきて
羽根がバサバサになって、寒くて寒くてのん
びりとまっているわけには参りません。

昔ハリウッド映画でマリリン・モンローが
地上を歩いていた時、地下鉄の排気口から
突然風が起こってモンローのスカートが
舞い上がったシーンがありましたが、風向き
を間違えたらハトもあんな感じです。

「まえがき」「あとがき」を読んでみた。

   
      「まえがき」              「あとがき」

 

本屋さんでブラブラしていたら、ある本が
目に留まりました。

教育学者の斉藤孝著『10分あれば書店に
行きなさい』という本。

そこにこんなことが書いてありました。

  ***********

「まえがき」では、たいていその本の趣旨
が熱く語られている。肩に力が入っている
場合も多いから、なかなか読み応えがある。

「あとがき」には著者の個人的な感想や
身辺雑記的なことがやや気楽に書かれてい
ることが多い。一見すると「おまけ」。
「おまけ」だからない場合もアル。

  ***********

まぁ、著者が持てるエネルギー全てを注ぎ
込んだような本もあれば、残念ながらそれ
ほどでもない本もあるワケで、著者が全身
全霊を注いだ本なら本文を書き終わった後も
興奮していて、その“余熱”で何か書きたく
なる。

たぶんアレ、映画のDVDによくついている
「メイキング」のようなものじゃないかな。
手の内をさらしたくなるアレ。

で、いろんな本の「あとがき」を読んで
みた。

確かに人柄がよくにじみ出ていると思い
ました。

強気で自画自賛する人もいれば、遠慮がちに
感謝とも謝意ともつかない言葉を並べている
ヒトも。
まぁ、人それぞれ。

わざわざ「ハワイの別荘にて」とか、「マン
ハッタンの夜景を眺めながら」など書いて
締める人もイル。

温かい読者なら、1冊を書き上げた労に免じ
てこれくらいの自慢は〇〇してあげてネ。

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