賢い人について考えてみました。賢い人
って視点が高いと思うんです。視点の低
い人にとっては見えているモノが全て。
ゆえに悲劇が来れば、ドップリ頭まで
浸かり考える暇もなく吞み込まれます。
一方、視点の高い人は悲しい、楽しい、
苦しい、嬉しい、のようなものが見えて
いて、人生を見た上で目の前で起ってい
ることはその構成要素にすぎない。
何もしないでも、いずれ通り過ぎ去って
いくコトがわかっているんです。
というか、気ずくんです。
学校で得た学力や忍耐力は仕事をする上
でも使えます。まあ、ビジネスって
フィールドが違うんだけど、そこにも何
か共通点があって、その共通点は視点が
高くないと探せません。
視点が高いということは、抽象度が高い
ということ。まあ、この共通点を探す力
のことをゲシュタルト能力と言うんです
が・・・。
例えば、夏に羽が落ちていた。これが
何故、セミの羽だと分かったのか?
羽を見た瞬間に、その羽から胴体が想像
出来たんです。順番がスッ飛ばされてい
ても、そこの穴埋めして理解が出来るん
です。部分から全体が想像できる。そし
て、その逆の全体から部分も想像できる
。
本当に賢い人達は人生にこの能力を存分
に発揮しているんです。この世界は問題
解決の連続で出来ています。なぜなら、
私たちが生まれて来た理由が問題解決を
する為だから。
赤ちゃんはまず、歩くという問題を解決
していく。次に言葉をしゃべるという問
題を解決していく。そして、たし算、
引き算、掛け算、・・・というふうに。
自転車乗りもそうです。
これはゲシュタルト能力。目の前に見え
る問題だけじゃなくて、その問題の向こ
う側に広く見えている全体と部分の1点
に何か共通点があることに気ずく。
本当にスゴイ人達を見ていたら、いろん
な法則を知っていたり、言葉を知ってい
たり、それを説明する前提を知っていた
りしますもの。
まあ、それらはその人達が自分の人生で
しっかり拾い集めて来たモノですからね
え。こうやって、賢い人はますます視点
が高くなっていく。線路は続くよ、じゃ
ないけれど、どこまでも。