
『学生十傑戦』
【続きです】
最終日の大学将棋王座決定戦が終わった
後、北大の主力のSさんにご挨拶したと
ころ、『何で来たの?』と訊かれて面喰
いましたが、(『そんな、ひどいな!』と
心の中で呟きつつ)、数秒後、Sさんが
『あっ、十傑戦か!』と純度100%の疑
問だったようです。

知らない土地で知った人を見つけ、嬉しくなって北大のSさんに挨拶した。
死闘を制したSさんをはじめ皆さん、相
当お疲れのようでした。その後、他地区
代表として参加されていた懐かしい北海
道出身の方々と少しお話しして、会場を
後にしました。皆様方は、大学将棋の最
高峰の大会でつい先程まで闘っておられ
たのです。皆々様方、王座戦の死闘を終
えた直後でしたので、疲労はもちろんの
こと、それぞれの大学での『振り返り』
等もあったのでしょうから、簡単な挨拶
に留めました。

死闘を制し、疲れきった北大のみなさん
皆様に見知らぬ土地で再開出来たことは
非常に感慨深いものです。これだけでも
代表になってここに来た甲斐がありまし
た。一人で乗り込んできた個人戦は淋し
いんですよ。話す人もいないし。つい嬉
しくなって話しかけちゃいました。

一人で乗り込んで来た個人戦は淋しいんですよ。話す人もいないし。つい嬉しくなって話しかけちゃいました。
そして次の日の朝早くから『十傑戦』。
待ちに待った私の出番です。リーグ戦は
予想通り2敗、10位決定戦でも負け、順
位は付きませんでした。何だかんだで精
一杯、エリート集団の彼らに挑みました
が、全国から選ばれたスーパースター最
強軍団には一歩も二歩も及びませんでし
た。そしてここに私の学生将棋人生は終
わりました。

大学に入った頃は、全国大会に出られる
なんて、夢のまた夢でした。地区大会で
の北海道大学の壁があまりにも厚かった
からです。その北大も北海道では敵なし
ですが、全国では厚い壁に苦しんでおり
、上には上があるということがよくわか
ります。

北大も北海道では敵なしですが、全国では厚い壁に苦しんでいます。
盤上では散々煮え湯を飲まされた相手で
すが、北大将棋部の方々には大変お世話
になっておりますし、何より
『打倒北大!』が私のモチベーションで
もありました。

『打倒北大!』
社交辞令でもなんでもなく、本当に感謝
しています。『打倒北大!』を完遂できた
とは思ってはいませんが、その目標のお
かげで、どうにか『十傑戦』の代表の座
を掴むことができました。悲願だった全
国大会に出場し、さらに桁違いの強豪ど
もとも盤を挿むことが出来ました。

悲願だった全国大会に出場することが出来、さらに桁違いの強豪たちと盤を挿むことが出来ました。
分かりきっていたことですが、私は学生
王将(十傑戦)の中で一番弱いです。代表
になれたのも運です。ありがたいことに
高校・大学の7年間で全国トップレベル
の強豪たちと対決する機会を何度か得ら
れましたが、彼らの前では将棋になって
ないものが殆んどです。

私は彼らと同じ空間にいましたが、同じ
舞台には上がれません。傍観者ではない
けれど、ライバルでもない。同じ大会に
出場したとはいえ、『天と地ほどの差』
と言う表現でも足りないほどのとてつも
ない差があります。近くて遠い別世界の
出来事なんです。

全国トップレベルの強豪たちとは天と地ほどの差があることを、身をもって感じました。
でも、腐っても選手です。一番弱い当事
者として、あの空間にいられたことを誇
りに思います。学生将棋王座決定戦の最
終戦を観戦し、同世代の強豪と3局、特
に世代最強のプレーヤーと2曲も指せた
あの3日間は本当に大きな思い出であり
財産です。ありがとうございました。
幸せな4年間でした。
記・三浦○一郎

どうでしたか?いい話だったでしょ。大
学生活の4年間って、濃くて短いんですよ
。勉強、バイトに忙しいのですが、それ
なりに時間は作れますので、楽しいこと
でも辛いことでも、何か1つのことに打
ち込んでいたら、それが将来必ず生きて
来ます。無駄な事は1つもありません。
一番もったいないのが、ボーとしている
間にあっと言う間に貴重な4年間が過ぎ
去ってしまう事。三振さん、素敵な手記
ありがとうございました。
おしまい