ただ覚えるのは情報。知識や材料を使ってアレコレ考えるのが教養。

室町幕府の第3代将軍・足利義満が建てた金閣寺

スタッフの子供で修学旅行に京都へ行っ
たという話が出ました。それによると、
見学した場所は清水寺、金閣寺、嵐山。
まあ、修学旅行の鉄板コースですな。

嵐山

修学旅行って、世の中の表面だけを見せ
て、ウラ面を見せません。歓楽街なんて
、絶対に見せません。子供が見て、大丈
夫なところだけで成り立っているのが修
学旅行。

それと同じなのが、教科書に書いてある
歴史。教科書の歴史が面白くないのは、
修学旅行が面白くないのと一緒じゃない
かな。

歴史用語を知っているのに知識はバラバラ

歴史用語というのはクルマで言えば部品
。その部品を山ほど持ってるのにクルマ
を作ってないってのが学校で習う歴史。
知識はバラバラな状態では使い用があり
ません。バラバラにある知識を結びつけ
て考えなければいけない。まあ、これが
学問であり、教養。

部品を組み立てて初めてクルマができる。

とは言っても、最初から触れもしないの
と、1回覚えて忘れたヒトとの間には雲
泥の差があります。何でもかんでも覚え
てると頭の中がパンクしますからねえ。
適度に忘れるのが大切なんですよ。

脳を研究してる人に言わせると、脳の奥
深くある海馬の中で覚えて、大して大事
じゃないものはシワシワのたくさんある
大きな大脳皮質の中にしまわれるんです
って。

記憶は一旦、海馬に落ちて大脳皮質に移る

例えて言えば、机の上でよく使うものは
残して、使い終わったものは本棚にしま
うって感じ。話が脱線してしまいました

海馬が机の上で、大脳皮質はいわゆる本棚だ

話は戻って、1回触れたものは忘れた状
態でも、引っ張り出して、あれこれ考え
れば、教養になる。ただ覚えているだけ
なのは情報。

『応仁の乱』は起こった意味を知ることが大事

だから『応仁の乱は1467年に起こりま
した。』これはただの情報。じゃなくて
『応仁の乱は何故起こったのか?そして
それを契機に世の中がどの様になってい
くのか?』これを頭の中にある知識や材
料を引っ張り出して来て、あれこれ考え
る。これが教養。

       おしまい

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