ウクライナ・ロシア戦争。ロシアでは戦
争に徴兵される人の数が場所によって違
うんですよ。しかもそれが、少数民族に
偏っている。あとで話に出て来るアジア
・ロシア(シベリア)です。ロシアの国の
成り立ちで広い国土の半分以上は、過去
400年の間に征服してきた地域なんです
。そこは、ウラル山脈の東側のアジア・
ロシア。首都モスクワを中心としたウラ
ル山脈の西側のヨーロッパ・ロシアとは
異なる言語や文化を持つ人々が住んでい
ます。
アジア・ロシア(広義の意味でシベリア)
は国土の77パーセントを占めますが、
人口はたった2700万人でロシア全体の
20パーセント程度。それでも、そこには
100以上の少数民族が住んでいます。差別
されてるんですよ、この少数民族の人達。
そして、このウラル山脈の東側が過去
400年の間に征服された土地なんです。
ロシアの国家としての歴史は9世紀の
キエフ大公国から始まって、その中心は
現在のウクライナの首都キーウ。元々ロ
シアとウクライナは同じ歴史を持つんで
す。
キエフ大公国はヨーロッパの東端。ヨー
ロッパの中心はドイツ・フランス・イタ
リアでキエフなんてド田舎でした。でも
キエフ大公国には地の利を生かした特産
物がありました。それが良質な毛皮。
中でもクロテンの毛皮は最高級。
そして、13世紀になって黒歴史と言うべ
き恐ろしい時代がやって来たんですよ。
それがモンゴル人の侵略。
チンギスハンが東アジアに建国したモン
ゴル帝国をその息子たちが引き継ぎ、
中国、ヨーロッパまで勢力を広げていき
ました。日本には鎌倉時代、元寇として
2回やって来た。
モンゴルは元々遊牧民族の国。多くの国
民は一ヶ所にはとどまらない。はっきり
した国境を持たないモンゴル軍は占領し
た町を統治するとか、人々を治めるとい
う考えは持たず、徹底的に町の建物をハ
カイし略奪し、人々を殺害します。男性
はほとんど殺害、女性はドレイとして連
れ去る。そのようにして、キエフ大公国
は滅ぼされたのです。
こうしたモンゴル帝国の支配は260年も
の間続きました。ロシア人はモンゴル人
に自由を奪われ、ウシやウマのように働
かされたのです。
司馬遼太郎はロシア人の特徴を『外敵を
異様に恐れるだけでなく、病的な外国へ
の猜疑心、そして潜在的な征服欲を持っ
ている。』と指摘しています。それほど、
モンゴル帝国の残虐さがロシア人に心に
深い傷を残したということなんですよ。
【続く】