
東洲斎写楽と蔦屋重三郎は江戸時代中期
の絵師と版元です。NHK大河『べらぼう
』ではみんなが写楽の名前を名載って、
誰が写楽かわかんない、いやいや誰もが
みんな写楽だという展開で終わりました
。ドラマですからねえ。お話ですからね
え。

写楽はいったい何者なんでしょうか?
NHKのBSプレミアム『英雄たちの選択』
では、こういう風になっておりました。
役者絵のジャンルでは他の版元から遅れ
をとっていた蔦屋重三郎(蔦重)はある日
、まったく無名の人物に出会った。雅号
は『東洲斎写楽』。正体は阿波藩おかか
えの能役者の説が有力です。

蔦屋重三郎(蔦重)
役者絵が得意だという写楽の絵を見て蔦
重はビックリしたんですよ。技術的には
まだまだ未熟ですが、異様な迫力を感じ
させる絵だったんです。

3代目大谷鬼次の江戸兵衛(左)と初代市川男女蔵の奴一平(右)
『こりゃあ、また下手な絵だねえ!顔も
手も歪んで化け物みて~だ。いろんな版
元が役者絵で勝負をかけている、そんな
時に、こんな薄気味悪り~役者絵を出し
たって、役者の美しさに惚れているごひ
いきが買ってくれるとは思えねえ。気色
悪り~し。しかしどうだい、よく見りゃ
あ、今までの役者絵にはねえ息ずかいが
聞こえて来るような迫力があるじゃねえ
か、こりゃあ、よっぽと芝居をよく見て
いるヤツにちげぇねえ。ここは一発、誰
も見たことのねえ役者絵でド~ンと勝負
をかけてみてもいいんじゃねえか!?』

写楽の代表作:能役者・武村定之進
ホントに優れている編集者というのは素
材の中に潜在的にしか見えないものを引
き出す力があるんですよ。三島由紀夫も
言ってたけど、『綱を張って、その上を
綱渡りするようなもんだって。』コレ、
映画監督について言っているんだけど。

三島由紀夫
蔦重は綱渡りが好きだったんじゃないか
な?自分では分かっているけど、大衆に
当たるかどうかはわかんない。けど、ま
だ未知数だけど、可能性のある人間が出
てきたら、コレ絶対にやる、蔦重はそん
な人だったのではないかと思います。

一気に28枚出版された写楽の役者絵
蔦重は一気に28枚の写楽の役者絵を出版
しました。それらすべて『大首絵』でも
ね、それらほとんど誰も見向きもしなか
ったんですよ。蔦重はさすがに寝込んじ
ゃった。

蔦屋重三郎は写楽の28枚画がまったく売れず、さすがに寝込んでしまった。
『佐野川市松って本当に美しい役者の代
表格だったのに、写楽に描かせたら、中
年のオジサンが女装している絵』のよう
になるんですもの。そりゃあ怒りますワ
。次の日、もう二度と写楽には描いて欲
しくない!と断って来た。

美形役者の代表格である佐野川市松は、写楽に自分を描いてもらったら、『中年のオジサンが女装している絵』のようになり、もう二度と描いて欲しくない、と怒って帰った。
役者自身も、この絵、嫌だと思ったら、
次からは二度と協力しなくなりますもん
ね。写楽は僅か10か月で浮世絵の世界か
ら消えてしまいました。

写楽は10ヶ月で世間から消えてしまった
でもね、それから100年以上が経過した
20世紀始め、ドイツの浮世絵研究家が写
楽の画集を出版。ユリウス・クルト
『SHARAKU』(1910年)です。これを
きっかけに写楽の浮世絵は江戸の文化を
象徴する唯一無二の肖像画として脚光を
浴びることになるんですよ。

ユリウス・クルトの『SHARAKU』
まあ、ずっと人に受けるモノばかり作っ
ていると、自分のやりたいことをやりた
くなるんですよ、編集者はね。編集者の
多くは会社を辞めてから『好きなモノを
やりたい!』とやるんだけど、でも、
たいていコケちゃうんですよ。

ビートルズのマネージャーで編集者のブライアン・エプスタイン(後ろ)。彼が亡くなると、ビートルズの4人のメンバーは、バラバラになり、そして勝手に自分の好きな活動をするようになり、崩壊の道を進んで行った。

ビートルズ崩壊前の練習風景
不思議なことに制約の中でクリエーター
を騙し、自分と妥協、ケンカしながら仲
直りして、そういう緊張感のもとに作る
ことで、初めていい作品ができるんです
。ほら、あのビートルズはグループであ
あだ、こうだとケンカしながら妥協しな
がら仕上げたから、いい作品ができたで
しょう。
おしまい
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