『伊勢の藤原氏』は伊藤さん、『加賀の藤原氏』は加藤さん

地域の藤原さん

ワタクシ、スタッフとよく雑談する
のですが、この前しゃべった藤原氏の話
(『藤原二条○○』、『藤原九条○○』
のブログ)が面白かったらしく
調子にのってまたしゃべっていたら、
『先生、今度それもブログに
書いて下さい。』
と言うモンだから書くことにしました。
じゃあ始めます。

藤原氏のなかには道長のように朝廷の
中心人物になれた者もいれば出世コース
からはずれてしまい、都にいても特に
うまみがナイ藤原氏も多くいたのよ。

そんな彼らは都でもてあますくらいなら
と、全国各地へ散ってそれぞれの土地で
力を持つようになって、

『京にはもう君に与える官職がないから、悪いけど、安芸の国に行ってくんない?』

安芸の国に行く者もいれば、
伊勢の国に行く者もいる。
武蔵の国に行く者もいれば、
佐野(栃木県佐野市)に行く藤原氏
もいた。

各地へ散った藤原氏は
それぞれの土地にちなんで、
それが省略されて、
こう呼ばれた。

『安芸の藤原さん』➡安藤さん

『伊勢の藤原さん』➡伊藤さん

『武蔵の藤原さん』➡武藤さん

『佐野の藤原さん』➡佐藤さん

木工助(もくのすけ)とは律令制時代、木工寮と言うお役所で、宮廷の建築・土木・修理を担当する上から2番目の職員。ちなみに1番は木工頭

ちなみに
加賀の藤原さんは加藤さん。
備後の藤原さんは後藤さん。
近江の藤原さんは近藤さん。
遠江(とうとうみ)の藤原さんは
遠藤さん。

で、スタッフAさんに訊くと、母の苗字
は内藤だったと言う。スタッフUさんに
訊くと、母の苗字は佐藤だったと言う。
スタッフSさんに訊くと私は斉藤だと言
う。

内舎人(うどねり)は律令制で、天皇の警護にあたっていた文官。

斎宮寮の役所は未婚の皇女の斎宮(今で言う愛子様)が伊勢神宮で暮らしており、そのお世話(清掃・医療・出納)などをしていた。

どいつもこいつも、うちのスタッフ皆、
一流貴族・藤原氏の末裔だ。ワタクシの
苗字は小川なので、名字を付ける時、住
んでいた近くに小さな川でも流れていた
んでしょう。どう、ひっくり返ってもワ
タクシのご先祖様はお百姓さんだ。そん
な一流貴族の藤原氏の末裔をワタクシご
ときが『ああせい、こうせい!』と指示
していいものであろうか?

春の小川

と、まあこんなどうでもいい話がスタッ
フに受けたのでした。ちなみにNHK大河
『光る君へ』を視聴していた皆さんなら
おわかりでしょうが、紫式部も藤原氏な
んですよ。

 

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