
ガンと告知されたら世界が変わって見える。実は世界は変わっていない。頭の中が変ったのだ。
ある大学の先生が、「知るというコト」
をこんな話に例えていました。
これはホントにわかりやすい。

養老先生
「知るということは、根本的にはガン
の告知だ」学生には「君達だってガン
になることがある。ガンになって治療
法がなくて、あと半年の命だよって言
われることがある。そしたら、あそこ
で咲いている桜が違って見えるだろ」
と話してみせます。

あと半年の命だと宣告されると、あそこに咲いている桜が違って見える。来年の今頃は私はこの世のものではない。
この話は非常にわかりやすいようで、
学生にも通じます。
「その桜が違って見えた段階で、去年
までどういう思いであの桜を見ていた
か考えてみろ。多分思い出せない。
では、桜が変わったのか?そうではな
い。自分が変わったのだ。
知るということはそういうことなので
す。」ホント、とてもわかりやすい。

桜が違って見えたのは、桜が変ったのではない。自分が変ったのだ。
知るってコトは自分がガラッと変わる
ことだったのか。知れば知るほど世界
が全く変わってしまいますもんネ。
たとえそれが昨日と同じ世界であって
もネ。