ロシアのできかた(後半)

 

                【続きです】

時が経ち、次第に力をつけていく国があ
りました。モスクワ大公国です。この国
は14世紀初めから周辺国を征服。
1547年イワン4世が皇帝を名乗ります。

イワン4世

まず、ウラル山脈の南側のモンゴル帝国
のカザン・ハン国を征服。そして、ウラ
ル山脈の東側のアジア・ロシア征服に進
みました。ここでは良質の毛皮が手に入
る。ヨーロッパの貴族たちはコレを欲し
がる。

ヨーロッパ貴族たちが欲しがるクロテンの毛皮

製塩業から身を起こしたストロガノフが
探検家イエルマークに資金を提供して
モンゴル帝国のシビル・ハン国を滅亡さ
せた。
実は『シビル・ハン』が『シベリア』
の語源。1636年、ロシア人はオホーツク
海に到着。ロシアはシベリア横断に成功
したんです。

『シビル・ハン』が『シベリア』に

シベリアの執行部隊になったのが、シベ
リア・コサック。
コサックって重税に耐えかねて逃亡した
農民で、遊牧民の生活をしながら、武装
集団となっていった人達のこと。このコ
サック、残虐な戦闘をしたんです。
これは遊牧民族の戦いの中で身に着けた
やり方。見せしめの為に、町を徹底的に
ハカイする遊牧民に立ち向かうためには
自分たちもそうしなければならなかった。

シベリア・コサック

ロシアはシベリアを手に入れました。毛
皮の為に次々と動物を殺していく。ロシ
アのやり方に反対する部族も殺害。

その後、ロシア革命が起こり、ソビエト
連邦ができた。そのソビエト連邦も内部
革命が起こり、その結果できたのが、
現在のロシア連邦。

ロシア革命

シベリア・ロシアはヨーロッパ・ロシア
の繁栄の為に利用され続けたのです。シ
ベリアの人々はこう思っている『オレ達
シベリア人はロシア帝国に加わっただけ
だ。植民地ではない。』

シベリアの人々の生活はヨーロッパ・ロ
シアの都合に振り回されています。
例えば、ロシア・ウクライナ戦争、〇ー
チンはウクライナが独立したことによっ
て、失われたロシアの国土を取り戻そう
としています。ロシアはウクライナを攻
める前に、ウクライナ軍がロシア系先住
民を集団殺害していると主張。そして、
先住民の保護を大義名分にした。

シベリア人

これはコサックのやり方にソックリ。
そして、シベリアの人々から優先的に徴
兵していることがワカッタんですよ。

サハリンでは戦死者が急増。〇ーチン
にはNATOがロシアに攻めて来たモン
ゴル軍の侵攻に見えたのでは?

                        おしまい。

 

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