歴史家、磯田さんが考える1660年代体制

1660年代は4代将軍徳川家綱の頃

歴史家の磯田さんの言ってた話デス。
1660年代と言うのは江戸時代の寛文期
、まあ家康から教えてもらった者たち
が作った世の中の頃。家康が亡くなっ
て、40~50年後です。将軍で言えば
まあ、4代将軍・家綱の頃。
この時代に、走りモノ(武士が馬に乗る
こと)が止まって、大名たちが戦い終わ
って、ものスゴイ治水工事やって、ため
池作って、セイフティネットを張るん
です。

走りモノが終った

馬に乗って走るくらいならウチにいて、
困ったら、米倉開けて支給をしてあげる
から、お百姓さん、とにかく逃げないで
ね。そして、家も牛も持たせてあげるか
ら夫婦になりなさい。
まあ、8割、9割の人達が全員結婚して
家庭を持つ社会が1660年体制。

8~9割の人は夫婦になった

何で可能になったかと言うと、今で言う
福祉を充実させて、そのあいだに幕府と
幕藩政権が『お前ら、一揆起こすんじゃ
ねえぞ!3人以上集まって政治のコトを
しゃべるのは悪党じゃ。万が一そんなこ
としょうものなら逮捕するぞ!』って。

3人以上で政治のコトを話すと悪党と言われる

それでも一揆をそそのかしたり,デモ行
進をやるような人を『いたずら百姓』と
言って、そういうヤツラは捕まえて処刑
した。
そのようにして、おとなしい遺伝子だけ
が残った。家も持たない、結婚もできな
い、そう言う人達は長屋の中で子孫を持
たずに消えて行く。

一揆を唆す『いたずら百姓』は処刑

まあ、家庭を持つということは永続する
家を持つということ。で、その象徴とし
て墓を作る。中世の墓はただの石だから
自然に戻りました。

中世の墓は普通の石を立てた

ところが、江戸時代になると、何々家の
墓、そして職業を書いてそこに葬る。
だいたい、それが、1660年頃から。
企業や老舗は家を絶やすという恐怖が非
常に強いので、効率が悪くなっても、
ずっとその形を続けようとする。

江戸時代の墓

怖い走りモノの世界に戻るくらいなら、
このまま低く安定している方をみんな選
んだ。そういう体制も400年くらい経っ
て来て、そろそろ崩れかけて来たような
気がします。

結婚しない人、増えたし、長屋(アパー
ト)暮らしの人、増えたし、子孫を残さず
、この世から退場する人がドンドン増え
て、家が絶えてゆく。

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